第36話

文字数 559文字

『依り代だったくらいですから、よほど大切な物だったのでしょうね』
「稜佳ちゃん! 戻ってきたんだね!」

「うん、ありがとう。バカだよね……。こんな事になっても、影の事、恨めない。あの時、ブラック&ローズのアクセサリーが喉から手が出るほど欲しくて。少しでも府川虎に近づきたかったの……。私の気持ち、あの子はわかってくれたの」

 稜佳は手で目を覆っているので、どんな表情(かお)をしているのかは見えません。わずかな沈黙をマスターの大きな声が破りました。

「はぁ? ばぁっかじゃないの?! 影は稜佳の希望を叶えようとがんばってくれたんでしょ? なんで恨まないといけないのよ、お門違いってもんよ」
「う、うん……」

 識里稜佳は、ようやく目を覆っていた手をはずしました。眩しそうに何度かまばたきして、マスターを見上げます。まだどこか麻酔が抜けきらないような顔に、すこしずつ赤みがさしてきました。

「起きられそう?」一来が稜佳の背中を支えて体を起こすのを手伝いました。
「ああ、夢を見ていたみたい……」

 稜佳が軽く頭をふりました。マスターが稜佳の目の前にグイっと差し出したギターのピックを受け取ると、胸にぎゅっと押しあてて目をつむります。何か呟いたようでしたが、聞こえませんでした。けれど稜佳の影が、心臓が打つようにひとつ、ドクンと動きました。
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