第8話
文字数 1,277文字
一来はミニスカート姿の女性の足を触ったことを怒られたのだと勘違いしたようです。わざわざ水を買ってきて、傷を洗ったのですから、もう少し強気でもよさそうなものですが。
「違うわよ。その、足を……」マスターは頰を赤く染めて、口ごもりました。
恥じらう様子はまるで普通の女子高生のようです。
コホン。マスターは咳払いして言い直しました。
「キ・ズを洗ったことを言っているんじゃないの。ええっと。どうして……、ソレをしたのか、ってことが聞きたいの」
「ええと、なぜウィスハートさんの膝を洗ったか、っていうこと?」
『マスター! 一来に私のことを気が付いているのか、聞いてください』
終わる気配のない会話に、じれったくなって思わず口を挟むと、アイラと一来の視線が私に一斉に集まりました。アイラは怒りに燃える視線を私に浴びせながら、手を首に向けてヒラヒラさせ、黙れのジェスチャーを送ってきました。足を揺らしているのは、地団駄を踏みたいけれど、一来の手前、我慢しているからでしょう。沈黙の、そして地獄の数秒間が過ぎました。
「あ、あー、うん。気が付いていたよ」という言葉に、マスターはゆっくりと私から一来に視線を移しました。
失言によって私の存在に気が付いたのではなく、以前から気が付いていたから、私の失言は問題ない、と庇ってくれたのでしょう。
(一来……人間にしては、なかなかいい奴ですね)
私が感心していると、主人の冷たい声が上から落ちてきました。
「気が付いていた……? それは一体どういうことなのかしら?」
私への怒りが、そのまま一来に向けられました。先ほどまでの乙女のような恥じらいはどこへいったのでしょうか?
「だって……、バス乗り場で、昨日この……、影さん? に並ばせて、後からゆっくりやってきて横入りしたじゃないか。今日もだけど」
「それが分かっていて、なぜ何も聞かないの?」
「まあ……、影とはいえ、列に並んでいたから問題ないかなって」
横入りが問題ではないと思いますが。主人もズレているが、この一来という青年もどこかズレているようです。
『一来、私が何なのか、知りたくはなかったのですか?』。
「うーん。人に知られたくない秘密って、誰にでもあると思うから」
一来は私に向かって言いました。それにしても影が話せるからと言って、事情も聞かずに話しかけるというのは、普通のことなのでしょうか? 主人としか話したことがない私には、判別がつきません。
「ええと、あとなぜウィスハートさんの膝を洗ったか、だっけ」
私の物思いには気が付かずに(私の表情は見えないのですから当然なのですが)一来は主人に視線を戻しました。
「ウィスハートって呼ばないで。苗字は嫌いなの」
「わかった。じゃあアイラ。怪我している人がいたら、自分のできる範囲で親切にしてあげるのは普通のことだろ? それに傷はちゃんと洗わないとね」
一来はにっこり笑って答えました。そしてふと思いついたように、私に目を向けました。
「ねえ、君の名前を教えてよ」
『私の名はコキュ……』
「ちょーっと待ったあ!」マスターが会話に乱入してきました。
「違うわよ。その、足を……」マスターは頰を赤く染めて、口ごもりました。
恥じらう様子はまるで普通の女子高生のようです。
コホン。マスターは咳払いして言い直しました。
「キ・ズを洗ったことを言っているんじゃないの。ええっと。どうして……、ソレをしたのか、ってことが聞きたいの」
「ええと、なぜウィスハートさんの膝を洗ったか、っていうこと?」
『マスター! 一来に私のことを気が付いているのか、聞いてください』
終わる気配のない会話に、じれったくなって思わず口を挟むと、アイラと一来の視線が私に一斉に集まりました。アイラは怒りに燃える視線を私に浴びせながら、手を首に向けてヒラヒラさせ、黙れのジェスチャーを送ってきました。足を揺らしているのは、地団駄を踏みたいけれど、一来の手前、我慢しているからでしょう。沈黙の、そして地獄の数秒間が過ぎました。
「あ、あー、うん。気が付いていたよ」という言葉に、マスターはゆっくりと私から一来に視線を移しました。
失言によって私の存在に気が付いたのではなく、以前から気が付いていたから、私の失言は問題ない、と庇ってくれたのでしょう。
(一来……人間にしては、なかなかいい奴ですね)
私が感心していると、主人の冷たい声が上から落ちてきました。
「気が付いていた……? それは一体どういうことなのかしら?」
私への怒りが、そのまま一来に向けられました。先ほどまでの乙女のような恥じらいはどこへいったのでしょうか?
「だって……、バス乗り場で、昨日この……、影さん? に並ばせて、後からゆっくりやってきて横入りしたじゃないか。今日もだけど」
「それが分かっていて、なぜ何も聞かないの?」
「まあ……、影とはいえ、列に並んでいたから問題ないかなって」
横入りが問題ではないと思いますが。主人もズレているが、この一来という青年もどこかズレているようです。
『一来、私が何なのか、知りたくはなかったのですか?』。
「うーん。人に知られたくない秘密って、誰にでもあると思うから」
一来は私に向かって言いました。それにしても影が話せるからと言って、事情も聞かずに話しかけるというのは、普通のことなのでしょうか? 主人としか話したことがない私には、判別がつきません。
「ええと、あとなぜウィスハートさんの膝を洗ったか、だっけ」
私の物思いには気が付かずに(私の表情は見えないのですから当然なのですが)一来は主人に視線を戻しました。
「ウィスハートって呼ばないで。苗字は嫌いなの」
「わかった。じゃあアイラ。怪我している人がいたら、自分のできる範囲で親切にしてあげるのは普通のことだろ? それに傷はちゃんと洗わないとね」
一来はにっこり笑って答えました。そしてふと思いついたように、私に目を向けました。
「ねえ、君の名前を教えてよ」
『私の名はコキュ……』
「ちょーっと待ったあ!」マスターが会話に乱入してきました。