第207話

文字数 708文字

桐子と私の話が終わったことを見てとると、マスターは溢れる涙をグッと拭いました。

「さあ。帰るわよ。一来、冬矢を寝かせてあげて。精命が回復すれば目覚めるはずよ」

小さな蜘蛛がマスターの頭に飛び乗りました。

「マミちゃん! 一緒に帰ろうね! なによ、一来ったら。マミちゃん、生きていたじゃないの!」
「いや、あれで……、生きているとは思えないけど……」

 一来が首を捻りました。確かに一来の言う通り、マミは命を落としたはず……。そう思ってマミの姿をよく見ると、どこか違和感を感じます。

「あれ? マミちゃん、もしかして影がないんじゃない?」

 稜佳が電灯の位置とマミを見比べて言いました。確かにマミには影がなく、こげ茶色だった体はむしろ黒に近く、存在が希薄な感じがします。

『どうやらマミは、影と融合したようですね』
「融合……って?」

一来がマスターの頭の上のマミに顔を近づけました。一来の顔が急に近くに寄って来たせいで、マスターの顔がわずかに赤くなりました。気が付かないふりをしているつもりでしたが、つい頬が緩んでしまったようです。

「あれ? フラーミィ、どうしたの? なんかジャスミンの香りがするけど……?」

 一来は言葉に加えて、ふんふんと鼻をならして匂いを嗅ぎました。まったく人間のくせに空気が読めない人は困ります。

「いいえ、一来。それは気のせいというものです」と、一来の足を踏みつけました。

「いてっ! なにするんだよ、フラーミィ……」

一来は踏まれた足をさすりながら、ぴょんぴょんと片足で大げさに飛びましたが、マスターに笑っているのがばれてしまったのですから、当然のむくいです。マスターはつり目をさらにキリリと上げて私を睨んできます。
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