第38話 ♢

文字数 551文字

 マスターは家路を急いでいました。理由はわかっています。マスターの祖母、桐子がどうしているのか、心配なのでしょう。

 石造りの門柱の間を抜けると、コンコン、とハイヒールよりも低い低いローファーの足音が煉瓦で出来た小路に響きました。数分も歩いていくと、大正時代に建てられたモダンな洋館が松の木の間から唐突に現れます。庭師の手入れのおかげで、玄関の横に配した松の木がうまく家を隠しているのです。

 マスターが重厚なドアを握るとカチリと小さな音がなって、自動的に解錠した。マスターはつま先にふわふわのパンダが付いたスリッパを履きかえて長い廊下を歩き、自室に入っていきました。

 家のほとんどは洋式の部屋ですが、マスターの部屋は祖母の桐子から引き継いだもので、桐子が使用していた時のまま、畳の和室です。マスターは足を投げ出して、勉強机代わりにしているちゃぶ台の前に座り込みました。そして伏せて置いてある銀色の手鏡を手に取りました。銀色の持ち手と裏面には美しい模様の彫刻が施されています。古く美しく、特別な鏡です。

 紅霧が識里稜佳を閉じ込め黒の精命を奪い持ち去った鏡と、同じものに見えますが、二つの鏡を並べてみれば、鏡写しの二枚の鏡だとわかるでしょう。
 主人は鏡に映る自分の顔ではなく、鏡の奥に視線をさまよわせました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み