第168話

文字数 888文字

『一来にはマミをつけてあります。ただ……戻って来ないと居場所がわかりませんが」
「マミちゃんなら、しおり糸を残してくれているかも」

「一来がいないことがそんなに問題なのかい? ちょっとした用事かもしれないじゃないか」

紅霧が口を挟みました。

『そうも言っていられないのです。実は奏多から話を聞いたのですが、塩山中学校で連続暴行事件が起きているのです』

「ああ……。それなら知っているよ。暴行されたのは一番最初に奏多にあだ名を付けた奴らなんだ。奏多をさんざんからかうだけじゃ飽き足らず、机を修正ペンで塗りつぶして真っ白にした上に、あの酷いあだ名を黒いマジックで書いたりしていたんだよ。当然の(むく)いさ」

紅霧は嫌な虫でも追い払うように手を振った。もともと奏多を黒の鏡に入れたのは紅霧だったのだから、事情をよく知っているのか、と思い当たる。しかしそれにしても、と浮かんだ疑問を投げる。

『なぜ暴行事件の被害者が彼らだと知っていたのですか?』

「キラル世界から戻ってきてから、奏多の家を隠れ家にしていたんだ。奏多には内緒でね。そうしたら暴行事件があった。奏多が熱心にスマートフォンでニュースを読んでいたから、ちょいと調べてみたのさ」

『知っているなら話は早い。そして奏多が依り代にしていた青いハンカチは、冬矢のものでした』

「当たり前じゃないか」

 何を今更言っているのか、と紅霧は驚きのカケラも示さずに言いました。

『それも知っていたのですか?』

「知っていた訳じゃないけど、ちょっと考えればわかることだろう? いくらキラルの世界の事だと言ったって、もう一人の自分自身をほっぽって冬矢を救い出そうだなんて、好きだからに決まっているだろ」

『な、なるほど。そうですか……』

 少なからず衝撃を受けました。人の心の動きはいつも私の想像が及ばないところにあります。それはわかっていたことではあります……が、同じ影だというのに、紅霧はたやすく読み切っていたと思うと、穏やかではいられません。

「そのぽかんと開いた口を閉じなよ、フラーミィ」紅霧が楽しそうに笑う。「いい男が台無しじゃないか」

「失礼ですね。あくびをしただけです」
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