第70話

文字数 759文字

「なぜ……?」
『なぜ?』
「この女は悪い奴だ。お前も知っているだろう? なぜ止めるのだ」
 影は浅葱先生の顔と声で聞きました。

『私個人としては、その女性がどうなろうとどうでもいい事柄なのですが。頼まれましたのでね……』 

「断ったらどうするつもりだ?」 
『そうですねえ……。不本意ではありますが阻止させていただきます。影のあなたがやったことだとしても、罪を問われるのは浅葱先生、という人格ですからね』

 浅葱先生の影の腕を握っている手に力を込めます。精命が膨れ上がり、暴力的なほどのジャスミンの香りで、浅葱先生の影の周りに竜巻の檻を作りました。机の上に置かれたままの書類が何枚も巻き上がり、いつでも襲いかかれる刃物となって竜巻となって回っています。
 眼鏡の奥で、浅葱先生の影の瞳が薄い藍色に光りました。鏡の中の浅葱先生から精命を吸おうとしているのでしょう。まずい。本体が弱ってしまいます。早く片を付けなければ。

『私には勝てませんよ』

 ジャスミンの竜巻の包囲を狭めます。浅葱先生の影は、無理やり入り込んできた私の精命にむせ込みました。影はもがくように頭を振って、絡みつくジャスミンの香りを振り払おうとしました。それが出来ないと悟ると、モンスターママの首からようやく手を離し、よろけるように後じさりました。
 そして震える手で、自分の体を覆う小さな羽虫のような千切れた影を、モンスターママに放ちました。

『どうするおつもりですか?』浅葱先生の腕から手を離さずに聞きます。

「この位はいいだろう? どうせこの子たちは大したことはできない。せいぜい、監視と……時には少々警告を与えるくらいだ。そう、先日、君のマスターがやったいたずら程度の、ね」

 浅葱先生の影はマスターが小さな蜘蛛の影を放って、モンスターママを追い払ったことを指摘しました。
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