第138話

文字数 724文字

「実は……どうやらキラルの世界では、影になれないようなのです」
「えっ、嘘っ!」

私が指を指した乳白色の空。そこに太陽はありません。だから影は存在しないのです。

「早く、早く奏多を探さなきゃ」

 唐突に奏多の影が言しました。声に焦りがにじみ出ています。乳白色のとろりとした空を見上げたら、不安が押し寄せて来たのでしょう。ふいに一来の胸ポケットから稜佳の声が響いてきました。

――今……、キラルの扉が……、少し閉まったよ。

「稜佳ちゃん、閉まった……ってどのくらい?」

――三センチくらいかな? 実は、皆がキラルの扉の中に入った時も、一人が扉を抜けるたびに、カチッと時計の針が動くみたいに少しずつ閉まっていたんだ。だから全部合わせて十センチ位かな。

キラルの扉は時間の経過だけでなく、些細な干渉でも閉まっていくということでしょう。もともと鏡には時間がないため、状態の変化や時間が流れ込むことに耐えきれないのです。

『おそらく人が通り抜けるには二十七センチ程度の隙間が必要でしょう。そして通り抜けるたびに扉が閉まっていく。一人出るたびに三センチ閉まるとして。タイムリミットはマスターと一来と奏多、紅霧、奏多の影、私の六人が通り抜けられる幅、つまり四十二センチということです。稜佳、そこに定規はありますか?』

――待って、探してみる

ガタガタとあちこちを探し回る音がします。しばらくすると、机の引き出しに十二センチの定規を見つけたと返答がありました。

「床に目盛りを描いて、閉まったら教えてください」

――う、うん。わかった。四十二センチね。今六十センチ開いてるから……猶予は残り十八センチか。意外と時間ないのかな。

一来の胸ポケットの中から稜佳の声が不吉な予言のように響きました。
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