第60話

文字数 786文字

 へっぴり腰というものを私は初めて目にしました。

「夜の学校って怖くない?」

 私の腕にしがみついて歩いている、一来のことです。時刻は午後七時の部活動の終了時刻を、三十分ほど過ぎたところでした。すでに他の生徒は下校したらしく、誰も残っていません。

 先ほどから人型になっていた私は、一来を引き剥がす理由もないので、腕にぶら下げたまま歩いていました。私のやや後ろから隠れるようにして歩く姿は、まさしくへっぴり腰と言われるものでしょう。

『怖くはありませんね。影は闇と相性がいいのですよ』と、この上なく優しく答えました。人間の珍しい姿は私の大好物なのです。

「そうなの?」
『闇自体が、地球の影のようなものですから』
「ああ、そう……」

 一来は落ち着きなく左右を見回し、小さな物音にいちいち体を強ばらせています。とても面白……いえ、興味深いです。

「なんで軽音部だけ、旧校舎に部室があるんだよ」

「仕方ないんだよ。音がうるさいし、機材は多いし」一来の独り言のような文句に、稜佳が答えます。

「先輩たちが卒業しちゃってから、部員は私一人みたいなものだったから。他に三人もいるなんて心強い位だよ」

 稜佳以外にも部員はいるのですが、名前だけの幽霊部員なのだと稜佳は説明しました。
 陽が落ち、消灯されてしまうと、彌羽学園の旧校舎は街灯が照らしている外よりも暗くなります。

 他の部活は新校舎に部室があるため、オーケストラ部が使用していない楽器を置いている他には、軽音部しか旧校舎を使用していません。

そのため掃除が行き届かず、天井にはところどころに蜘蛛の巣が張り、あちこちの壁にはヒビが入っています。確かに少々不気味な雰囲気ではありますが、本物の幽霊などがいないことは、明白です。……が、面白いので、一来には教えないでおきましょう。

『おや。何か聞こえますね……』
「やめてよーっ! フラーミィ。脅かさないでよ」
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