第81話

文字数 743文字

 浅葱先生はまるでサメでも近づいてくるのを見ているような目をして、徐々に大きくなっていくモンスターママの姿を見つめました。まだ何も言われていないし、相手は加工した画像を流出した犯人なのですから、強気に出てもよさそうなものです。

 ああ、マスターがこの場にいなくてよかった。歯がゆさをこらえきれず、浅葱先生をどやしつけて、モンスターママ以上に浅葱先生のハートに傷を負わせてしまうかもしれませんから。

「浅葱先生!」

 ステージの音に負けないように声を張り上げるモンスターママの周りには、もう浅葱先生を援護してくれる影羽虫もいません。影は影に戻ってしまったのです。

「偽物がステージに立っているじゃありませんか! SNSにはホンモノのDeath Crowが出ると書いてありますよねえ?」モンスターママは嫌味たっぷりの口調で言いつのり、得意げにスマートフォンの画面を開いて見せつけます。

「いえ、あの……」

 浅葱先生は助けを求めるような視線を送ってきますが、それは私の仕事ではありません。浅葱先生が鏡から出てきた時点で、私の仕事は終わっているのですから。……が、興味をひかれるのでそのまま見学を決め込みました。鏡の中から現実へと戻ってきた浅葱先生の覚悟のほどを見せていただきましょう。

 講堂内はアイラのデスボイスが響き渡っています。怒りや悲しみ、不浄さ、痛み……を含んだ歌声が、見えない焔となって浅葱先生を焚きつけます。

浅葱先生は大きく息を吸うと、銀縁眼鏡をギュっと強く押し上げました。脚を踏んばり、顔を上げて、モンスターママを真っすぐに見ました。その浅葱先生の目のまえに、モンスターママはスマートフォンの画面がさらに突き付けてきます。数秒の間、浅葱先生とモンスターママがにらみ合うように対峙しました。
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