第195話

文字数 1,056文字

道沿いの家はどこもすでに灯りは消え、雨に包まれて眠っています。寝静まった町の中で、冬矢の家だけはどの部屋にも電気が点き、違和感を放っていました。しかし門をくぐってみれば、訪問者を拒むように、玄関ポーチのライトだけがついていません。

「冬矢の家族構成はわかる?」

 玄関のドアレバーに手をかけたまま、マスターが奏多に聞きました。奏多は申し訳なさそうに首を振りました。

「冬矢先輩は姉弟はなし。お父さんは単身赴任中で、お母さんと二人暮らししているはずだ」

一来が奏多の後ろから口を出しました。

「じゃあ遠慮することないね」
 マスターが輝くブルーアイで私に視線を投げました。

「承知いたしました」

無言の指示を受け、胸に白い手袋をした手をあてて丁寧にお辞儀すると、影となり隙間から家に入り込みます。素早く鍵を開けると玄関を開け放ちました。

「どうぞお入りください」

マスターは玄関に入ると、迷わず靴を脱ぎ捨て上がりこみました。おじゃまします、と声をかけることもせず、かといって足音を潜めるでもなく、家の奥にすすんでいく。
奥の部屋から言い争うような声が聞こえてきます。フローリングの廊下をすすみ、ガラスのはまったドアをあけると、ダイニングキッチンがありました。

「こんばんは」

 マスターは冷蔵庫前に立っているモンスターママを見つけて声をかけました。モンスターママの手前には、逃げ口を塞ぐように二人の冬矢が立っています。
 二人の後ろにはシステムキッチンがあり、スイッチが入っていないIHクッキングヒーターの上に、黒の鏡が伏せて置いてあります。

怯えた目で二人の冬矢を見あげていたモンスターママが、キッチンの入り口に立っている侵入者達を見て、震える唇が声を絞り出しました。

「あ、あんたたちは……」

彌羽学園で穏やかとは言えない顔合わせをしているため、マスター達の顔に見覚えがあったようですが、たとえ見知った顔だとしても勝手に家に侵入してきたのですから、異常事態です。相手がモンスターママではなくても、怒鳴られて追い出されても仕方がないところでしょう。
今のモンスターママにとっては、双子を産んだ訳でもないのに、同じ顔をした二人の息子に追い詰められている状況の方が、あきらかに受け入れがたいのでしょう。ほっとした表情が浮かびました。

「た……」

 たすけて、と言おうとしては、なんども口を開いては閉じるのを繰り返します。助けて、と言いたいのでしょうが、顔を知っているだけの他人に、我が子から助けて欲しいと訴えるのが、正しいことなのかと迷っているのでしょう。
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