第109話

文字数 653文字

「まず、わかっていることは、一来は自分で指を切って血を垂らしたということ」

 マスターが人さし指を振りながら言います。

『一来にはそうしたいと思う理由があったのでしょうね』

「だけど一来君は鏡に入っていないでしょ? これはどういうことなのかな?」

『おそらく、一来自身が、影に何かをしてもらいたいという訳ではないのでしょう」

「ねえ、フラーミィ、誰も影と入れ替わっていないなら、空っぽの鏡に精命を吹き込む意味はあるの? 精命を保管できるとか?」

 稜佳の疑問はもっともです。もしも精命を注げばいいだけなら、そもそも人と影を入れ替える手間をかける必要はないのです。

『いいえ。空っぽの鏡に精命は人から切り離されると、すぐに消えてしまうのです。ですから仮に鏡に精命を入れても、何にもならないでしょう。精命は究極の生もの、鮮度が命なのです……!』

両手の小さなこぶしを顎の下で握りしめて熱弁をふるいます。精命を語らせたら私の右に出る者はいないでしょう!

「……はぁ」

マスターはため息に、ハッと我に返りました。稜佳は口を阿呆のように、失礼、放心したように開けて、固まっています。ちょんちょん、とマスターが稜佳をつつくと、慌てて自分の頭を抱えてガードしました。

(失礼な)

 まるで私がいつでも精命を狙っていると言いたげな態度に少々ムッとします。

しかし執事たるもの不快感を態度に出すようでは失格です。私は稜佳ににっこりと微笑みかけました。

稜佳は唇の両端を無理やり持ち上げ、私から目を逸らしました。

「……あー、そう、なんだー」

 棒読みです。
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