第186話

文字数 859文字

『まあまあ、アイラ落ち着いて。一来へのお仕置きは、またゆっくり検討しようよ。
確かに紅霧の提案通り、奏多の説得でもし冬矢が報復を諦めてくれたら、黒の鏡に黒いマナを貯めることが出来なくなるよね。だけど説得するためには、冬矢が閉じ込められている黒の鏡を逆にこちらが奪わないとダメだし……』

 マスターと一来の様子に気が緩み、うっかりチビアイラの姿と声のまま、仲裁に入ってしまいました。失態です。案の定、紅霧がクスクス笑いました。

「黒の鏡を奪うのは難しいだろうね。エナンチオマーが肌身離さず持っているはずさ」

 紅霧は紅い唇をチロリと舐めました。人差し指を顎にあて、たくらみを帯びた瞳で。

「だけど、鏡の中にいる本体は、怪我をしているわけじゃないんだ。一来の精命を浴びるほど鏡に取り込んだんだから、すでに回復して目を覚ましているはずさ。つまり叫べば声が聞こえる。エナンチオマーが鏡を持ち歩いていることを逆手に取るって寸法さ」

「声は部活で鍛えているから自信ある!」奏多が選手宣誓するように右手をあげます。
「お願い! でも安心して、奏多ちゃん。危ない時は私が守ってあげるからね!」

「はい、稜佳さん!」と素直にうなずいている奏多の横では、一来が眼鏡の奥の目を控え目に見開いていました。

「あのね、稜佳。フィンガークォーツは言葉を強調するときに使うんだけど、皮肉で使うこともあるのよ。例えば稜佳が奏多を……“守ってあげる”んだね ってすると……」マスターが真面目な顔で解説すると、一来がブッと吹き出した。

(へーえ、稜佳が奏多を”守ってあげる”ねえ……? できるのかなあ?)という皮肉めいたセリフが聞こえるようで、思わず笑ってしまったのでしょう。

「アイラちゃんも一来君も、ひどいー」と稜佳が頬をふくらませました。

確かに動くとすぐに息が切れる稜佳よりも、水泳選手の奏多の方が間違いなく体力はありそうですが、「守ってあげるのー!」となおも言う稜佳の目は本気でした。時に人間は客観的な戦闘力の優劣に関係なく、誰かを守ろうとするものなのかもしれません。
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