第42話

文字数 639文字

マスターが黙りこんだ機をとらえて、稜佳が髪の毛が逆さまにひっくり返るほどの勢いで頭を下げた時、ホームルーム開始の予鈴が鳴り響きました。

「時間切れよ。もう自分の教室に帰ったら?」

 にっこりと残虐な天使のほほえみを浮かべながら、マスターは稜佳の頭の上に無情な言葉を降らせました。一来が「仕方ないよ」と声をかけながら、稜佳の肘のあたりを掴み、教室のドアまで連れて行きました。

稜佳は腕を引かれながらも、諦めきれない様子で振り返り、「ウィスハートさん! お願いぃ!」と叫び……その効果はてきめんでした。

 これこそ、私の狙い通りです。

(ウィスハートはwith heart。人を助け、寄り添いなさい……)幼い時から父親に言い聞かされてきたウィスハート家の家訓。

 その刷り込みのせいで、マスターはウィスハートの名で頼まれたら断れないのです。それは同時にウィスハート家の莫大な財産を失うことになった呪いであったのにもかかわらず。

 マスターの奥歯から、歯ぎしりの狂想曲が流れ出しました。

「くぅっ……。わかったわよ。話を聞くわよ。聞けばいいんでしょっ」 

悔しそうな顔が面白くて、つい言ってしまいました。

 『おや。名に縛られるのは我ら魔族だけではないのですねぇ?』

 そう言い放って、湧き上がる笑い声をかくさずに、一来の影の中にさっと逃げこみました。マスターは振り上げた足のやり場を失い、机を抱えてバタバタと地団太を踏みました。

 マスターの悔しがる顔も、また乙なものですね。私はひとり、にんまりしました。
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