第75話 

文字数 1,013文字

「残念だが、出演はやめた方がいいかもしれない。君たちの安全を考えると」

 一来の強ばった顔には気がつかずに、浅葱先生は言いました。

「コソコソ影に隠れるなんて、まっぴらよ。炎上するならすればいいじゃない」

 マスターは浅葱先生を真っすぐに見て言い放ちました。出演を取りやめて影に隠れることと、浅葱先生の影に隠れることをかけるとは、マスターもなかなかうまい事を言いますね。

「えーっ! アイラちゃん、本気なの? 私も先生が言う通り、出演するのはやめた方がいいと思うけど」

 稜佳は浅葱先生に一歩近づきました。体の周りを飛び交う黒い羽虫が見えていないのです。羽虫が稜佳の周りを取り囲み、一来があわてて手を振り回して追い払おうとしました。しかし羽虫のように見えてはいるが、影の千切れたものです。つまり、羽虫を追い払おうとしても、霧の中で手を振りまわしているようなもの。なんの手ごたえもなく影羽虫は一来をからかうように飛び交い続けています。

「うわっ」顔の周りを影羽虫に飛び回られて、一来はイヤイヤするように顔を横に激しく振りました。 

「羽虫め! 私の前でふざけたマネは許さない」マスターが鋭く私の名を呼びます。「黒炎!」
私がふっと息を吐き、ジャスミンの香りの空気の渦を巻き起こすと、それだけで影羽虫はあっという間に消え去りました。

『ふむ。他愛のない……』

 影羽虫は、もともと好奇心で近くに来たものにたかっただけで、影羽虫に攻撃する意図はなかったせいでしょう。しかしあまりの手ごたえのなさが少々物足りません。力を持て余した小さな風が足元に渦まきました。

「ありがと、フラーミィ」ふうっと息をついて、一来がお礼を言いました。
『どういたしまして』

 くるりと手を回してその手を胸にあて、優雅に腰を折りました。私の手に動きに合わせて、小さな竜巻はくるりと一来の周りを回って消えました。

「ふ、フラーミィ! 人の姿のままじゃない!」

 稜佳が私を背中にかばいました。私の方がずっと背が高いので丸見えなのですが、気持ちはありがたく受け取っておきましょう。

 『こちらも浅葱先生の影ですから問題ありませんよ、稜佳』お礼がわりに説明すると、「ええっ! うそっ?!」と驚きで空いた口を手で覆う。こちらも予想通りの反応で面白い。

 「申し訳ない」浅葱先生の影が謝った。そして「この子達では、止められなかったんだ」と、自分の周りに飛び交う影羽虫を目で追いながら説明し始めました。
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