第77話

文字数 1,897文字

 講堂は黒い服の集団に溢れ、異様な熱気に包まれていました。制服の生徒たちも熱気にあてられたのか顏を紅潮させ、押されては押し返しています。期待に満ちたざわめきは、ガシャン、という音をたてて照明が落ちるのと同時に、湧き上がる歓声に変わりました。

 舞台袖に控える三人に、戦いに行く前のような高揚感が満ちています。逆光の中、シルエットになった三人が後ろ向きに立ちました。

 逆光、シルエット、後ろ姿。それでも一瞬にしてDeath Crowではないと悟った観客に、つかの間、戸惑ったような沈黙が不穏な空気となって漂い……そして……嵐が吹き荒れました。

「火野じゃない!」一人が声をあげると、あとは怒声が降り注ぎます。
「虎を出せ!」「出せ」「出せ」「出せ」
「帰れ偽物ォ」
「見たくねえんだよ!」
「詐欺師ィィィィ……!」
「帰れ!」「帰れ!」「帰れ帰れ帰れ……!」

バンっという音とともにスポットライトが点くと、アイラがステージにはっきりと浮かび上がった。体を回転させ観客席に向き直るとブルーアイが燃える宝石のように燦めく。黒いドレスは足の付け根近くまで深くスリットが切られ、シースルーの生地に切り替えが入り、網タイツに包まれた長い脚が透けて見えます。プラチナのチョーカーにつけられた二十五セント硬貨が照明を反射して、観客を幻惑しました。

 全身から立ち上る気迫に押され、思わず叫び声を飲みこんで見つめる観客たちに、剣を振り上げるようにアイラが歌を叩きつけます。マイクを高く持ち上げ、まっすぐに白い喉を伸ばしてシャウトするアイラの歌声がステージを蹂躙すると、Death Crowではなかったという失望は、驚きと衝撃で消し飛びました。

 Death Crowのメロディー、しかし初めて聞く歌詞に熱狂した歓声が沸き上がります。金色の髪がステージに舞い、ダンスのようではなく剣舞のように、ステージを切り裂いていきます。
 私と一来のドラムが激しくビートを刻みます。稜佳の高校生ばなれした卓越したギターのトレモロが胸を激しくかき乱す……!

 一曲目が終わるころには、このバンドは何者だという声は、抗議ではなく正体を知りたいという好奇心に取って代わられていました。しかし曲と曲の間で演奏者が話をするMCは挟まず、立て続けに演奏していきます。

 ライブの盛り上がりに比例するように、「このバンドは何者だ?」という疑問が高まっていきます。歌への熱狂と強まっていく謎へのフラストレーションが絡み合い渦巻いて、歓声となって吐き出され講堂が揺れます。

「ラスト! 『In my Fire wall』……!」アイラが叫びました。

 ’すべての希望が失われ、太陽は昇らない
  助けは来ない
  輝かしい光もやがて消える
  My worid’s in the way of harm (わたしのすべてが危機にさらされている)
  Mirror tell me something (鏡よ、教えてよ)’

 稜佳のギターが鳴きはじめ、会場を闇が包みます。ドラムがスローなリズムを刻む。規則的だが徐々に早まる音が聴くものの心を煽るのです。アイラの歌声が高まると共に、スポットライトが点きステージを照らしました。

(おや、あの人は……)

ライトのせいで観客席はホワイトアウトし、アイラと稜佳にはほとんど何も見えないかもしれませんが、ドラムのスポットライトは外されているせいで、赤いワンピースが観客席の一番後ろにいるのが見えました。講堂は人であふれていますが、観客席が階段状になっているので赤い色は嫌でも目に飛び込んできます。周囲の人間はほとんどが黒づくめなのですから、なおさら。

『一来、私はちょっと所用が出来ましたので、失礼いたします』
「へ? ええーっ! こ、困るよ、フラーミィ! 行かないでよ!」

 慌てた一来が泣き声で訴えてきましたが、ドラムを叩いているので、私にしがみ付いて止めることはできません。

『一来、大丈夫ですよ。毎日私と演奏していたのですから、体が覚えています』

 駄々っ子をなだめるように、ぽんぽんと一来の腕を叩いて囁き、するりと離れました。墨で観客を刷いていくように、滑っていくきます。ドラムの音の変化に気が付いた稜佳のギターが一瞬、先に走りました。さっとドラムへと視線を走らせ、一来の必死な顔を見て、私がいないことに気がついたようです。頬がキュッと引き締まりました。すぐにリズムを取り戻すと逆にドラムをリードします。

 マスターが歌いながら稜佳に歩み寄り肩に手をかけたのを確認してから、私はゆっくりと赤い服の女性……、紅霧に声をかけました。

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