第102話

文字数 998文字

『不法侵入で捕まえますよ』と声をかけると、紅霧は悪びれもせず輝く銀色の髪を揺らして振り返りました。ゆっくりと鏡のふちに腰かけて、足を組みました。

「おや。私の家でもあるのに」と首をすくめます。
『そうでしたね。ではなぜ、幼いアイラの前から姿を消したのですか? あなたの家でもあるのに』

 稜佳の家で会うまで、私は紅霧に会ったことはありませんでした。つまり私が召喚されると入れ替わるようにして、紅霧は姿を消したということです。私の金色の瞳が秘密に手を伸ばすように光りました。紅霧は無言のまま、その紅い瞳で私の視線を跳ね返します。どうやら秘密を譲り渡すつもりはないらしいですね……。

『お答えいただけないのなら、せめて一来に手を出すのは止めていただけませんか?』

 紅霧は紅い花びらのような舌を唇の端からちろりと出しました。

「おやおや。それで取引のつもりかい? 黒炎ともあろう者が、かわりの報酬も魅力もない提案をするなんて、影の名折れじゃないか。でもまあ、こっちにはこっちの都合ってものがあるんだから、どんな条件だったとしても答えは同じか」じゃあね、ブラックフラーミィ、という声を後に残し、するりと飾り窓に滑り寄り、隙間から出ていきました。
 紅霧の様子では、一来にちょっかいを出すのをやめるつもりはないようです。

『ならば、仕方ありませんね。……マミ!』

 パチン、と指を鳴らして小さな蜘蛛を呼び寄せます。一言二言話してから窓を開け放ちジャスミンの風に乗せてマミを放つ。蜘蛛は数本の糸を出し、タンポポの綿毛のようにふわりと風に乗って飛んでいきました。
マミを見送ると、私は紅霧が出てきた鏡に手を押し当てました。鏡の表面は固いままです。

(ふむ。しかし紅霧は鏡から出て来たのですから……)

 鏡に手を押し当てたまま影になってみると、とぷんというかすかな音と共に手が鏡に沈みました。顔を鏡の中に突っ込むと、そこには真っ暗な空間が広がっています。見回すと離れた場所に窓のようなものがあり光が漏れていました。私は鏡の中に入り込み光に向かってすべります。今度は逆に窓から外へ出てみると、窓と見えたのは風呂場の鏡でした。鏡の中は近くの鏡に通じる通路になっているようです。

――つまり私が知らないことを紅霧が知っていたというわけですね――

 そう思うと口元に笑みが浮かび上がってくるのを感じました。対峙する相手は手強い方が面白いですから。
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