第94話

文字数 1,049文字

※※※※※
「アイラちゃんはコーラ、一来君は微糖のカフェオレ、フラーミィはミネラルウォーターっと」

 稜佳が自動販売機の取り出し口から、飲み物を取り出しました。
 なんとか公園の中の小高い丘に設置されている東屋に場所を移したものの、マスターと一来の間には未だ不穏な空気が漂ったままです。

 東屋に備え付けられているベンチに座っているマスターと一来に、稜佳が飲み物を手渡しました。稜佳は自分用のミルクティーを片手に、木のベンチの端に座ります。すると糸で天井にぶら下がっている蜘蛛が、すーっと稜佳の目の前に降りてきました。

「ウギャッ!」稜佳は悲鳴を上げました。「あ、ああ、マミちゃん……が好きな物、分からなかったから……」と口角をあげて愛想笑いを浮かべています。しかし瞳が泳いでいます。おそらく目の焦点を合わせていないのでしょう。 

「あら。大丈夫よ。マミちゃんは巣を張らないで獲物を捕まえる、天性のハンターなんだから。でもそうだった、お礼を言うのを忘れてた。ありがと、マミちゃん」

 マスターは素早く髪を一本切ると、マミに差し出しました。蜘蛛はすばやくマスターの手に降りると髪をさらっていきます。マミが丸くてつぶらな、おそらくは感謝の瞳でマスターを見つめると、マスターの機嫌はかなり回復したようです。

「怒らないから、どういうことなのか説明して」

 一来は大きく深呼吸すると、観念したように話し出しました。

「後夜祭から数日がたった頃だったかなあ。登下校時にクチナシ香りがするようになって……」
「それが紅霧の香りだったってことね」
「まあ、そういうことだね。うん」
「それがどうして一緒に行動するようになったわけ? 私に隠れてコソコソと」

「駐輪場で、自転車止めから自転車を引き出せずに困っているお年寄りがいたんだよ。

それで手伝ってあげようとしたんだけど、隣の自転車とハンドルがからまっちゃってて、なかなか出せなかったんだ。ガチャガチャやってたら、紅霧が手伝ってくれたんだよ。

それから俺が人助けをしていると、いつの間にか紅霧が現れて、何かと手伝ってくれるようになったんだ」

「早く皆に言わなきゃ、、と思ったんだけど、皆はすぐに紅霧から離れろって言うと思って」
「当たり前じゃない!」

「だろ? だけど手伝ってくれて、実際助かってたし。悪いことしている訳じゃないだろ? だから紅霧の真意が分かってから、って思ってたんだ。でも皆に早く言った方がいい気もするから、迷ってて」

『なるほど。一来の様子がおかしいのは、そのせいだったのですね』
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