第175話

文字数 877文字

「うん。ええと、授業が終わってから学校を出て、バスに乗ったんだ。気が付かなかったけど、その時にはすでに冬矢先輩の影もバスに潜り込んでいたらしい。

いつものバス停で降りて、点字ブロックをふさいでいた自転車を移動させていたら、誰かが手伝ってくれたんだ。いつものように紅霧かと思って見たら、違った。冬夜先輩の影だったんだ。

だけど、僕は影だって気が付かなくて冬矢先輩本人だと思ってしまった。冬矢先輩の影は、日陰を選んで立っていて、影羽虫も影に隠れて見えなかったんだ。自転車を移動し終わるころには、なんとなく連帯感が生まれたような気持ちになって」

「まったく懲りないねえ……」そう口を挟んだ紅霧の声は、言っていることとは裏腹に、耳に優しく響きました。

「うん、ごめん……」
「仕方ないよ、一来君だもん」
「本当よ。まったく、ばぁっかじゃないの?」

 稜佳とマスターの言葉に一来が下を向きました。

「ホント、俺、どうしようもないよなぁ……」

「そうよ、どうしようもないわよ。本当にわかってないんだから!」

一来は胸に顎をうずめるように下を向き、肩を小さくすぼめる。マスターは、はぁぁぁぁぁ、と強く息を吐き出した後に、息を吸い込みました。

「一来はそれでいいの! 一来なんだから、それでいいのよ! 嘘を見抜くよりも、もっと大事な事があるんだから」

 そう言うと、マスターは腕を組み視線を宙にさまよわせました。心配そうにチラッと一来の反応をうかがうその目のふちが赤い。心配しているのです。

「そ、そうだよ! アイラちゃんの言う通りだよ。そこで騙されなきゃ一来君じゃないよ!」

「……なんだよ、それ。全然なぐさめになってないよ……」と言いつつ、それでも一来は、泣き笑いのような顔になって、鼻をすすりました。視線を外していたはずのマスターが、ティッシュボックスを一来の膝の上にすばやく投げました。

「ありが……」と、言いかける一来の言葉をさえぎり、「時間がないんだから、早く続きを話して!」と急かします。

 マスターのいつもと変わらないツンデレな態度に、肩の力が抜けたようで、一来は続きを話し始めました。
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