第158話
文字数 1,599文字
「あっ、じゃあまさか、また一来くんが血を提供してピュリュが復讐を……?」
稜佳が一来を探るように見ました。
「ま、まさか! もうあんなことはしないって!」
一来が降参するように両手を挙げて、首をブンブン振りました。
「”絶対に” してない?」
マスターが人差し指と中指を立てて、一来に向かって曲げる。隣で稜佳もうなずきながら、カニのようにチョキにした指を曲げて一来を軽くにらむフリをします。
「しない! 誓う!」
一来が悲鳴をあげると、マスターと稜佳は目を見交わしてくすくすと笑いをもらしました。
「うーん、それじゃあピュリュの仕業ではないよね。それに……」
マスターは目を少し細め、口元に笑みを浮かべました。鏡から脱出した時の事を思い返しているのでしょう。
あの時、リアル世界にもどってきたとたんに、ピュリュと奏多は精命を失い倒れこみました。
奏多の命を救うために、ピュリュが依り代を取り出そうと、自分の胸に手を入れようとしたその手を、マスターが掴んで止めました。はっと見上げるピュリュに、マスターはゆっくりと首を振って見せました。
そして胸の内ポケットから、銀色の小さな鋏を取り出すと、金色の髪を一束、ザッと音を立てて切り、ピュリュに与えたのです。
マスターの精命の香りとピュリュの香りが混ざり、調合された香水のように香ります。ピュリュは体を起こし「なぜ……?」と聞きました。
「これで、多少は動けるでしょう。ほら、言いたいことがあるなら、影に戻る前に奏多にいいなさいよ」
「あ、ありが……」
「ほら! 早くしないと精命の効果が切れるわよ。足りなくなっても追加で精命をあげたりしないからね!」
マスターはお礼を言おうとしたピュリュの言葉を遮り、さっと立ち上がると腕を組んで斜め上を睨みました。耳たぶが赤くなっています。
「足りなくなったら僕の血をあげるから、心配しないで」
一来がピュリュを励ますように言うと、
「ちょ、ちょっと一来君、余計な事言わないの!」と、慌てた稜佳が一来の袖を引き、耳打ちしました。
「え? なんで……?」
「アイラちゃん、照れているんだよ。一来君が血をあげちゃったらアイラちゃんが髪をあげた意味がなくなっちゃうじゃない!」
「そ、そうか! ごめん」
(あの時はマスターが顔を真っ赤にして天井を睨んだまま、なぜかハッキリと聞こえるナイショ話に、聞こえないフリをしているのが面白かったですね……)
ピュリュもふっと微笑みをもらすと、肩の力を抜き、奏多の顔を両手で優しく包み込みました。
「ねえ、奏多。奏多は俺の事、気にしたことなかったかもしれないけど、俺はずっと奏多を見てた。奏多はさ、思ったことをなんでも飾らずに言ってしまうから、人とぶつかることも多いよね。それで傷つく。
……だけど俺は奏多のそういうところ好きだよ。奏多の飾らない強さと無防備に傷ついてしまう弱さを愛してる。だけどね……、それは独りぼっちで鏡にこもっていたら失われてしまうんだ。俺、影に戻ってもずっと一緒にいる。死ぬまで。だから奏多、死なないで。長生きして。奏多が死んだら一緒にいられないから。俺ね、奏多とずーっと一緒にいたいんだ。
奏多が泣いたら一緒に泣く。怒っていたら一緒に怒るよ。俺、影だもん。奏多の思う通りに生きて。それで誰かを敵に回しても、俺は奏多の味方だ。だからなんと呼ばれようと、何を言われようと、気にするな。奏多は奏多だ。思う通りに、生きろ」
ピュリュの声が途切れ、小さくため息をつく。
「それにあいつの事……好き……なんだろ? これ、返すよ。だからあいつに返しに行けよ。一緒に行ってやるから。本当は……イヤだけど、俺、奏多の影だから、な……。どんなことだって……一緒だ」
そういうと胸に手を入れ、依り代のタオル地の青いハンカチを取り出すと奏多の手に握らせました。
ピュリュは奏多の目尻から零れ落ちた涙を見ることなく、ただの影に戻りました。
稜佳が一来を探るように見ました。
「ま、まさか! もうあんなことはしないって!」
一来が降参するように両手を挙げて、首をブンブン振りました。
「”絶対に” してない?」
マスターが人差し指と中指を立てて、一来に向かって曲げる。隣で稜佳もうなずきながら、カニのようにチョキにした指を曲げて一来を軽くにらむフリをします。
「しない! 誓う!」
一来が悲鳴をあげると、マスターと稜佳は目を見交わしてくすくすと笑いをもらしました。
「うーん、それじゃあピュリュの仕業ではないよね。それに……」
マスターは目を少し細め、口元に笑みを浮かべました。鏡から脱出した時の事を思い返しているのでしょう。
あの時、リアル世界にもどってきたとたんに、ピュリュと奏多は精命を失い倒れこみました。
奏多の命を救うために、ピュリュが依り代を取り出そうと、自分の胸に手を入れようとしたその手を、マスターが掴んで止めました。はっと見上げるピュリュに、マスターはゆっくりと首を振って見せました。
そして胸の内ポケットから、銀色の小さな鋏を取り出すと、金色の髪を一束、ザッと音を立てて切り、ピュリュに与えたのです。
マスターの精命の香りとピュリュの香りが混ざり、調合された香水のように香ります。ピュリュは体を起こし「なぜ……?」と聞きました。
「これで、多少は動けるでしょう。ほら、言いたいことがあるなら、影に戻る前に奏多にいいなさいよ」
「あ、ありが……」
「ほら! 早くしないと精命の効果が切れるわよ。足りなくなっても追加で精命をあげたりしないからね!」
マスターはお礼を言おうとしたピュリュの言葉を遮り、さっと立ち上がると腕を組んで斜め上を睨みました。耳たぶが赤くなっています。
「足りなくなったら僕の血をあげるから、心配しないで」
一来がピュリュを励ますように言うと、
「ちょ、ちょっと一来君、余計な事言わないの!」と、慌てた稜佳が一来の袖を引き、耳打ちしました。
「え? なんで……?」
「アイラちゃん、照れているんだよ。一来君が血をあげちゃったらアイラちゃんが髪をあげた意味がなくなっちゃうじゃない!」
「そ、そうか! ごめん」
(あの時はマスターが顔を真っ赤にして天井を睨んだまま、なぜかハッキリと聞こえるナイショ話に、聞こえないフリをしているのが面白かったですね……)
ピュリュもふっと微笑みをもらすと、肩の力を抜き、奏多の顔を両手で優しく包み込みました。
「ねえ、奏多。奏多は俺の事、気にしたことなかったかもしれないけど、俺はずっと奏多を見てた。奏多はさ、思ったことをなんでも飾らずに言ってしまうから、人とぶつかることも多いよね。それで傷つく。
……だけど俺は奏多のそういうところ好きだよ。奏多の飾らない強さと無防備に傷ついてしまう弱さを愛してる。だけどね……、それは独りぼっちで鏡にこもっていたら失われてしまうんだ。俺、影に戻ってもずっと一緒にいる。死ぬまで。だから奏多、死なないで。長生きして。奏多が死んだら一緒にいられないから。俺ね、奏多とずーっと一緒にいたいんだ。
奏多が泣いたら一緒に泣く。怒っていたら一緒に怒るよ。俺、影だもん。奏多の思う通りに生きて。それで誰かを敵に回しても、俺は奏多の味方だ。だからなんと呼ばれようと、何を言われようと、気にするな。奏多は奏多だ。思う通りに、生きろ」
ピュリュの声が途切れ、小さくため息をつく。
「それにあいつの事……好き……なんだろ? これ、返すよ。だからあいつに返しに行けよ。一緒に行ってやるから。本当は……イヤだけど、俺、奏多の影だから、な……。どんなことだって……一緒だ」
そういうと胸に手を入れ、依り代のタオル地の青いハンカチを取り出すと奏多の手に握らせました。
ピュリュは奏多の目尻から零れ落ちた涙を見ることなく、ただの影に戻りました。