第53話

文字数 638文字

(おや?)

 稜佳のマナが口の中ではじけ、一瞬、目の前のケーキやタルトといった甘い宝石たちから意識がそれました。稜佳の髪のマナは意外にも多いようです。

ーー紅霧が稜佳をターゲットにした理由は、単に稜佳の心が揺れていたからというだけではないようですね。しかし……人工的な香り、おそらく整髪剤でしょう……が精命の味を損なっているのが非常に残念ですねぇーー

「まあまあ。アイラちゃん。じゃあそろそろ話を聞いてくれる?」

髪を抜かれた当人がちびアイラをかばいつつ、切り出しました。

「そうだよ、アイラ。好きなだけ注文していいって言われたからって、食べきれないほどデザートを注文したんだから、聞いてあげないと」と、一来も加勢します。

 マスターは黙って季節のフルーツタルトの上に乗っていたイチゴに、フォークを突き刺しました。

「あれ? アイラちゃん、髪に何か……」稜佳がアイラの頭に手を伸ばしたが、空中で行き先を見失ってさまよわせる。「く、蜘蛛……」と助けを求めるように一来を振り返りました。

 マスターが自分の頭に手を乗せると、蜘蛛が八本の足を滑らかに動かして手の甲に乗ってきました。

蜘蛛を落とさないように、ゆっくりと顔の前に手を下ろすと、「ああ、さっきの。ついてきちゃったのね。ご苦労様」と言って、私も見たことのないような笑顔で笑いかけました。

「ありがとう。さ、もうお帰り」

人差し指で蜘蛛を撫でました。そして掌に蜘蛛を落とし込み空気と一緒に握ると席を立ちました。店外に逃がしに行ったのでしょう。
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