第117話

文字数 825文字

稜佳は「浅葱先生、なんで分かったのかなあ?」とまだブツブツつぶやいています。考えながら歩いているため、足元がふわついています。時折よろけたりするため、一向に前に進んで行きません。

 反対にマスターは長い足を活かして、ずんずんと早足で歩いて行きます。緩やかな上り坂の途中にある長い階段は、一段の高さはあまりありませんが、石段なので幅が広い上にまばらで登りにくいのです。それでも歩調をゆるめずどんどん昇っていくため、マスターと稜佳の距離がみるみる開いていきます。

はあはあ、という稜佳の荒い息づかいがどんどん遠くなっていくのを背中で聞いて、ようやくマスターは「稜佳、ちょっと体力がなさすぎるわよ」とあきれたように振り返って、足を止めました。とはいえ、稜佳を待ってあげよう、などという殊勝な心がけなどではなく、ただ目的地に着いただけですが。

『ここは塩山(えんざん)中学校……と読むのですか?』

「う、ううん。塩山(しおやま)中学校だよ」稜佳がなんとか追い付いてきました。荒い息を何度もついて「この坂は一日一回しか登れないよ」とブツブツ文句をつけます。

 校門から運動部の生徒達が体操着姿で校門を出ていくところをみると、ちょうど部活が始まる時間のようです。塩山中学校のグラウンドは、道路を挟んで向かい側にあるのです。

「どこかに隠れる?」稜佳が周囲を見回しました。
「相手も影なんだから、隠れなくてもいいわよ」

「そっか。だけど、だからと言って腕組みして、校門で仁王立ちするのは、目立ち過ぎるよ、アイラちゃん……」と、稜佳が門柱の横にマスターを引っ張って行きました。

『この位置ならば、学校から出て来る生徒達からは、私たちは死角になっていますね』
「アイラちゃんは自分が立っているだけで目立つっていう自覚がないんだよね」
『そうですね』

「一来君に相談しないで来ちゃったけど、よかったのかなあ? やっぱり言った方が……」
「一来が何も言わないんだから、こっちだって言う必要ないのよ」
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