第67話

文字数 1,145文字

「照明を後ろからあてて、ドラムはシルエットにしたいんですけど」

稜佳は浅葱先生に話し続けています。浅葱先生も熱心に頷きながら、相づちをうち……。
 そこへ、急に荒々しい足音と共に地響きがした、と思ったら、ガラリとがさつな音をたてて、職員室のドアが開けられました。

「失礼します」モンスターママです。稜佳は振り返って顔を強ばらせ、黙り込みました。
「なんでしょうか? 今、生徒と面談中なので、廊下でお待ちください」

 浅葱先生がきっぱりと言ったので、稜佳は驚いて浅葱先生の顔を見つめました。マスターは皮肉な笑みを浮かべて、やや離れた位置から様子を眺めています。
 モンスターママは驚いた様子で、口をつぐみました。しかしそれで引くようなモンスターママではありません。

「至急の要件なんです!」と言いながら、稜佳を押しのけるように前に出ました。

「せ、先生……、私達はその……また後でも……」モンスターママの迫力に負けて、稜佳が口を開きました。「いいえ。順番は守っていただきます。生徒に危険が及んでいる場合は別ですけど、そういう訳ではないですよね?」浅葱先生が重ねて断りました。

「仕事を抜けてきているんですから、話が終わったらすぐに戻らないといけないんです」モンスターママも負けじと言い返します。
「生徒たちも、この後塾があるので、時間が貴重なのは同じです」
 浅葱先生は嘘を吐きました。マスターも稜佳も塾には行っていません。

 「本当なの?」モンスターママは鋭く稜佳に視線を移しました。彌羽学園は進学校だが、手厚い授業と私立ならではのきめ細かい補習があるので、塾に行っていない生徒も多いのです。

「は、あの、ええっと」とっさのことで、稜佳が口ごもりました。
「うるさいわね! 私たちが先だったのよ。廊下で待っていたら?」

 マスターの一喝が、戦いのゴングとなって鳴り響きました。

「なななななんですって?」モンスターママの声が、ボリュームもトーンも一段階引きあがりました。「目上の者に対しては、敬意を払う、と教えていないんですか?」モンスターママはマスターはマスターから視線を外し、浅葱先生に向かって言いました。形は質問文なのに、みごとなまでの非難です。

「おや、順番はまもりましょう、ということは幼稚園児が最初に習うことがらだと思いますけど?」浅葱先生が尖った氷のカケラを投げつけるように冷たく言い放ちました。

「それは私が幼稚園児以下だと、そうおっしゃりたいんですかっ?!」
「そういうことになりますね。佐々さんが順番を守れないとおっしゃるなら」

 ギシ。車輪の付いた椅子が音を立てて、浅葱先生が立ち上がりました。細長い体が、背の高さをモンスターママに感じさせるのははじめてのことでしょう。いつも小さく体を丸めているのですから。
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