第208話

文字数 686文字

「一来がエナンチオマーに襲われた時、マミは踏みつぶされて一度は死んだのでしょう。けれど、そこへ一来が大量な血を与えた。溢れるほどの精命が影に注がれて、影が力を得たのでしょう。小さな虫は影の影響を受けやすいですから、肉体もよみがえろうとした。
けれど肉体は壊されてしまっていたので、影と融合した……そんなところでしょう。エナンチオマーの顔に貼りついた時、体が大きくなっていたのは、影の能力ですね」

「すごいな、マミちゃん!」

 奏多が人差し指をマミに差し出すと、ちょん、と小さなクモが前足でタッチしました。

「バミちゃーん!」

 涙で顔をくしゃくしゃにした稜佳も走り寄ってきて、マスターの肩に手をかけて背伸びしました。マスターの方が十センチ以上背が高いので、マスターの頭の上のマミはよく見えないようです。するとマミがジャンプして、稜佳の鼻の上に飛び乗りました。

「ひっ」

 稜佳は悲鳴をかろうじて喉の奥に留めると、「お、おか、えり、マミちゃん」と声を震わせました。歯を食いしばりながら、唇を持ち上げ、笑っている形を作っています。マミは好きでも、あいかわらず蜘蛛は苦手なようです。

桐子を腕に抱き上げると、私の足元に桐子の影が落ちました。

『紅霧……』

 心の中でその名を呼びます。情に厚い心を持った影。桐子の願い以上の幸せを、自分のマスターに届けようとしていた、その影の名を。
桐子の体はとても軽く、精命ももう少ない。紅霧ももう人型になれはしないだろうと思うと、胸がきしみました。

 けれど私は影です。感傷は押し隠し冷静に皆に声をかけました。

『さあ、帰りましょう。桐子を早く休ませてあげた方がいい』
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