第132話

文字数 911文字

「ね、稜佳。鏡に入ってくるのは落ちるだけだから簡単だったけど、出口は高い所にあるんだから、すぐ出られるように足場を作っておいてくれると助かるんだけど」

マスターが稜佳の肩に手をかけ、天井を見上げる。紅霧の鏡の鏡面が白く光り、部屋のライトの代わりに光を届けています。リアルの世界とつながっている唯一の窓だからなのか、曇りの日の太陽程度に明るく見えています。

「わかった。でも……上まで届くかな?」

「足場があれば、出口となる鏡に近づきます。鏡の空間は見え方が歪んでいますから、出口が遠くに見えますが、おそらく奏多の部屋の天井の位置に出口があるはずです」

 稜佳は部屋を見回し、机や椅子を確認するとしっかりと頷いてみせました。やることが出来て不安がまぎれたのでしょう。表情が少し和らいだようです。

『稜佳、一番大事な約束をして欲しいのです。もし扉が閉まりそうになったり、不測の事態になったりしたときには、私達に連絡したら返事がなくてもすぐに一人で先に鏡から出てください。私達がギリギリで扉から出てきた時に鏡の出口が順番待ち、ということにはしたくないのです』

「皆を置いて自分だけ、リアル世界に戻るなんて……」

『時間に余裕がないかもしれません。キラルの扉が閉まると、扉の向こう側はブラックホールに飲み込まれます。扉の外側のこの部屋がどうなるのかわからないのです。ただ元のようにリアル世界を映す鏡に戻るだけならいいのですが、なにか予想が付かないことが起きるかもしれません。ですから……』

「うん、わかった。ありがとう。それに皆と行きたい気持ちはあるけど、足を引っ張らない自信はないんだ。自分の気持ちよりもやるべきことをやる方が、皆の助けになるよね」

「稜佳ちゃん。扉がいつ閉まるか気にしていたら、安心して奏多を探しに行けない。だから扉を見ていてもらえると、すごく助かるよ。ありがとう」

「一来君。私は大丈夫だよ。扉を見張って、皆が帰れるように出口までの足場、作っておくからね。扉が閉まりそうになったら、ちゃんと一人で脱出しておくって約束する。だから私の事は心配しないで、行って来て!」

 稜佳は唇を横に引き締め、一来の視線をしっかりと受け止めました。
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