第69話

文字数 872文字

 さて。ぴったりと閉じているように見えるドアにも、影が通り抜ける隙間位はあるものだです。私は職員室に難なく侵入すると、天井に張りつき、浅葱先生とモンスターママの対決を見学することにしました。

 生徒も他の先生たちも、もう帰宅したのでしょう。誰もいません。職員室には浅葱先生とモンスターママの二人が向かい合って椅子に腰かけていました。浅葱先生はゆったりと長い足を組んでいます。

 モンスターママはいつもと違う浅葱先生の態度に落ち着かないのか、椅子の上で体をもぞもぞと動かし、おしりが落ち着く場所を探しています。

「お子さんの成績が足りないのは、テストの点数が悪いからです」
「ですから、うるさい生徒さんがいるからでしょ? 集中出来れば、ちゃんと……」

「申し訳ありませんが」
「寄付金を打ち切りますよ。校長に明日お会いして、浅葱先生の態度についても抗議します!」

 浅葱先生は海の底で海藻が揺れるように、ゆらあり、と立ち上がりました。体の周りを覆っている黒いもやが一気に濁り、小さく千切れ、黒い羽虫のように周りを飛び交い始めます。黒羽虫は影のしもべですが、鏡の中の人間の精命が黒く染まったことの指標でもあります。紅霧がほくそ笑む顔が頭に浮かび唇を噛みました。

浅葱先生の影が手を伸ばしていきます。夕陽に影が伸びるように、手が伸びて、伸びて、伸びて……。モンスターママの首を、鷲づかみしました。モンスターママは怯えながらも、浅葱先生の影の真っ暗な穴のような目から、目を離すことが出来ないようです。そして息苦しさからか恐怖からか……、意識を失いました。ギシッと椅子の背もたれが意識を失った人間の重みに悲鳴をあげる。力を失った腕が、椅子から落ちて振子のようにぶらんとぶらんと揺れます。

 浅葱先生の影はモンスターママを上から見下ろし、赤い舌で唇を舐めました。首をグネグネと回し、肩を右、左と順番にくねらせます。手の甲に筋が浮き上がり、さらに力がこもって……。

『その辺にしておいたらいかがですか?』

 私は人型をとり、モンスターママの首を掴んでいる、影の手首を押さえました。
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