第31話

文字数 486文字

 識里の首筋に手を当て、脈をさぐると、やはり指に触れる脈動が弱くなっています。私は識里の体を抱えてベッドに寝かせ、マスターに向きなおりました。

『始まりの鏡に人を閉じ込め、その影に依り代を埋め込むと、本体と繋がる道を作ることが出来るようになります。始まりの鏡は二枚で一対。ひとつは白の鏡といって、マスターが持っていますね。そして長く行方知れずだったもう一枚の黒の鏡は、紅霧が持ち去ってしまいました。

 人間を鏡に閉じ込めれば、影は人型となって、自由に動き回ることが出来るようになりますが、影は影です。人型を保つには、相当な量の精命が必要です。ですから、人間本体から鏡の道を通して、精命が影に流れ込むことになります。

 しかし識里稜佳は普通の人間ですから、影が動き回れるほどの精命を流し込んだら、意識を保つことはできないのでしょう。間もなく肉体も保たなくなるでしょうね』

「鏡から出たら、戻るんじゃないの?」

 一来が識里稜佳の背中をさすりながら聞きました。ぐったりと横たわっている稜佳は、先ほどよりも顔色が悪くなっています。
 私は首を振りました。私も知っているのはこれだけなのです。
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