第196話

文字数 889文字

影とエナンチオマーの二人の冬矢が、こちらを振り返り同じ顔で嗤います。

「おや、ギャラリーがきたね、お母さん」右の冬矢が言います。

「早くどちらがホンモノの冬矢なのか、当ててよ。わかるでしょう? 仮にもは・は・お・や、を名乗っているんだからさあ……」

「あなたたちは黙っていろよ。答えを教えたりしたら……」
「教えたらどうなるって言うのよ!」マスターが啖呵を切りました。

「答えを待つ必要がなくなるからね、即座にお母さんには消えてもらおうかな」
「これでブスリ、といくよ」

左の冬矢が手に持っていた包丁を、見せびらかすようにひらひらさせました。そして表情をまったく変えずに、たわむれにモンスターママの腕の顔の横にドンッと包丁を突き立てました。ママの背後の冷蔵庫には、穴は開かなかったものの、大きな傷が付きました。モンスターママがヒッと喉を鳴らし、目を瞑って震えました。モンスターママの頬から、一筋血が流れ落ちました。

「あれぇ? ちょっと切れちゃった。ま、いっか。早く答えてね。もう待てないからさ。ほら目を開けて、俺をよく見てよ」

モンスターママは震えながら目を薄く開けました。しかし、その目に絶望が浮かびます。どちらがホンモノなのかわからないのです。

しかし当然です。目の前にいるのは、エナンチオマーと冬矢の影。どちらもホンモノの冬矢ではないのですから。しかしモンスターママはどちらかがホンモノなのだと思い込んでいます。右、左、と見るたびに混乱していくようです。目に涙がにじんできました。

「わ……、」
「分からないの……?」

 左の冬矢が優しい声音で尋ね、黙っているモンスターママの首に手をかけました。

「返事は? いつも自分で言っているだろ? 聞かれたことには返事をしろってさあ!」

モンスターママの喉を掴んでいる手の甲が、固く締まり骨が浮き出ます。モンスターママは目を見開いたまま、息を詰まらせました。

 IHコンロの上に置かれた鏡がカタカタと音を立てて揺れだしました。伏せられている鏡面から黒い精命が滲みだし、細かな銀細工の隅々まで黒く染め上げていきます。

「黒い精命が……完全に、溜まった……の……?」
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