第142話

文字数 646文字

「ピュリュかあ。フラーミィも男だし、女の子の影が男の子でも不思議はないか。よろしく、ピュリュ」

一来は分厚い黒メガネの奥の目をまたたいて、奏多の影を足の先から頭のてっぺんまで視線を走らせました。

「そんなに……、見るな」

 ピュリュは一来の視線から逃げるようにうつむいて前髪を指で引っぱり顔をそむけました。

「あ、いた」

 ピュリュはハッと目を見開いて、ひとりの生徒を指差しました。制服の少女がフェンスにつかまってプールを見つめています。人間の奏多を見るのは初めてですが、影の奏多を見ているので、初対面ではないように思えます。

「え? あ、ああっ! 本当だ。奏多だ。見つけた!」
『おっと、お待ちください、一来』

 走り出そうとした一来の首根っこを、すばやく掴んで引き止めました。グエッ! と喉から変な音が聞こえたようですが、気にするほどのことではないでしょう。

『まずは少し様子を見ましょう』

 そのまま一来をズルズルと引きずり、木の影に隠れます。

「なんでだよー、フラーミィ。時間、ないんだろ?」

 一来が喉をさすりながら、恨めしそうに抗議します。相変わらず一来は面白いですね。私は笑いをこらえて説明しました。

『急いては事をし損じる、ですよ、一来。あれを見てください』

 私はフェンスの網に指を絡めている奏多を指差しました。奏多はキラルの世界を見ています。そこにいるのはエナンチオマーですが、見ただけではリアル世界と何も変わらない部活動風景です。プールを見つめる奏多の表情は、どこか必死で、苦しそうにさえ見えます。
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