第7話

文字数 813文字

「ちょ、ちょっと……、フラーミィ」

 マスターの小さな声が私を呼びました。もう少し成り行きを見守っていたかったのですが、仕方がありません。マスターを振り返りました。

 ああ、なるほど。おそらくマスターも少年に駆け寄ろうとして……、
『転んでしまわれたのですね』

「見ればわかるでしょ。早く助けて」
「はい」
「悪いわね」

 マスターは差し出された手を握って、立ち上がりました。そして自分がつかんだ手の持ち主が、私ではないことを見て取ると、つま先で地面を(つまり私を)グリグリと踏みにじってきました。

『マスター、ヒドい。一来が近づいて来たので、お助けすることが出来なかったのです』

 マスターは私をにらみつけてから、一転して笑顔を作り、一来に向けました。

「あ、あら、あなた。えーっと、一来だったわね」
「怪我しているよ」
「え?」

「ほら。膝から血が出てる。擦り傷だけど、砂が入っているから洗った方がいいよ」

 一来はマスターの肘のあたりに手を添えると、ガードレールに座らせました。転んだ拍子に靴下がズレてむき出しになった膝には、血が滲み、砂がついています。

「ちょっと待ってて」というと、一来は近くの自動販売機でミネラルウォーターを買ってきました。ペットボトルの水で手を洗うと、続けてガードレールに腰かけているマスターの膝を洗いました。

「これでいいかな……」一来がつぶやいたので、ちょっと体を伸ばしてマスターの傷を覗き込みました。一来がふいに鼻を動かして息を吸い込みました。

 しまった、気づかれたでしょうか? 一来は鼻がいい……。さっと体を地面に張りつかせましたが、流せるならば冷や汗を流したい気持ちです。

「ちょっと、一来。あなた、なぜこんなことするの?」

 その声はまるで女王様のような威厳に満ちています。傷を洗うためにマスターの前にひざまずいていた一来は、気の毒なことにまるで本当の家臣のようでした。

「あっ、ああ。ごめん。触るつもりじゃなかったのに」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み