第182話

文字数 687文字

 鍋の中身がみるみるうちに減っていきます。

――稜佳と言い争っていたら、なくなってしまう。反論する時間も惜しいですね。それにちびアイラになるくらいのことで、マミを失ったことから気がまぎれるというのなら、安いものでしょう!

 私はちびアイラに姿を変えると、箸を握りなおしました。紅霧が一瞬目を見開き、笑いをこらえるのが目の端に映りこんで来ました。紅霧の存在を忘れていました。唇をぎゅっと噛みしめ、「もう! 稜佳のせいだからね!」と甲高い幼女の声で抗議しました。

 紅霧が吹きだしました。笑い声が響く中、私は悔しまぎれに白菜と豚肉のミルフィーユを口いっぱいに詰め込みました。

「ゴメンゴメン」と謝りつつ、それでも満足げに箸を動かし始めた稜佳だったが、ふいに顔を上げて奏多に話しかけました。

「そういえば奏多ちゃん、中学三年生だったよね。受験生なのに、大丈夫だった?」
奏多はスポーツ選手らしい食欲を発揮していた所だったので、もぐもぐしながら首を縦に振りました。

「そうだったわね。彌羽学園は中高一貫だから、気が付かなかった」

 マスターも奏多を見つめました。
 しかしまだ口の中が食べ物で一杯の奏多に代わって、紅霧が返事をしました。

「大丈夫さ。奏多は水泳で関東大会に出場もしている有望な選手だからね、推薦でもう高校進学は決まっているのさ」
「合ってる……けど、なぜ知っているんだ?」

 ようやく食べ物を飲み込んだ奏多が、不信そうに目を細めて紅霧を見ました。紅霧は奏多の部屋に隠れて住んでいたことを告白する気はないようで、肩をすくめただけで奏多の疑問を聞き流すと「そんなことよりね」と話題を変えました。
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