第28話

文字数 1,101文字

「ねえ、あんたが持っているあの鏡、おくれよ」紅霧が言いました。

「ふざけないで。渡すわけないじゃない! あの鏡には……っ」
「あの鏡をくれるなら、この子は返してやってもいいよ」

 紅霧は後ろ手に隠し持っていた、銀色の鏡をこちらに向けました。紅霧が欲しがっている、マスターが持っている鏡とは対の鏡です。裏の浮彫の模様が鏡うつしになっています。そして鏡の中には、眠っている識里稜佳がいました。

「桐子は精命の量が多いからね。一人で充分。だけどこの子くらいじゃね。まだ足りない。この子からは精命を搾り取ったから、もう用済みさ」

「ちょっと! 約束が違うじゃない!」

いつの間にか部屋に入ってきていた識里の影が叫びました。

「この子の欲望をちょっと叶えてやって、黒く染まった精命を鏡に流し込んだら、この子と私を入れ替えてくれるって言ったじゃないの!」

「そんなこと言ったかねえ」紅霧はおかしそうに口元をゆがめ、斜め上を見て思いだすそぶりをしました。「まあ、仕方ないじゃないか、全然精命の量が足りないのさ。他の子をまた探さなきゃならないんだから」

『なるほど。この鏡と、アイラの持っている鏡を精命で満たしたい、と。そうすると、どうなるのですか?』

 よく見れば、紅霧の手に握られた鏡は、うっすらと黒く染まっています。

「さあねえ。それじゃあ、ひとつ唄ってやろうか? かぁごめ、かごめ……。白い精命と黒い精命をいっぱいに、表と裏を見合わせりゃ、籠の中の鳥と影とが入れ替わる……」紅霧は歌うように唱えました。その意味を考える間もなく、マスターが叫びました。

「なんだかよくわからないけど、その鏡がいけないんでしょ。こっちによこしなさい!」

 同時に手を伸ばして紅霧に飛びかかります。

 ああ、しかしなぜそんなにひねりがないのでしょう。素直というよりはもはやバ……、おっと。マスターに対して、これ以上は私の口からはとても言えません。紅霧の鞭ではじかれる前に、腕だけを影化し、伸ばしてマスターを引き寄せて回収しました。

『一来、お願いします』

 マスターを一来の腕に押しつけ、床をさあっとすべって天井に移動します。
 しかしどうしたものか。しっかりと紅霧の手に握られた鏡を奪うのは難しい……。
「くっそー! 嘘つき! 私の精命を返せ!」

 識里の影が紅霧につかみかかりました。

『ほう……』

 影なのでアイラよりは素早い動きです。腕がグンッと紅霧の喉元に向かって伸びていきます。一瞬もしかして、と思いましたが、やはり紅霧の喉元に手が触れそうになったところで、あっさりとつかまってしまいました。

『ああ……。そうなりますよね。皆さん、なぜこうも直球なのでしょう……』
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