第85話

文字数 758文字

「黒炎!」

 宴が終焉を迎え、マスターがステージの上から私の名を呼びました。影の姿となって、マスターの元に滑り寄ります。その視界の端に、チラリと浅葱先生が消しゴムを持った左手を握りしめている姿が入り込みました。浅葱先生の瞳には新しい決意の炎が灯っています。私の唇に、「らしくない」笑みが浮かびました。

 私がステージに駆けつけるまで、1分程度しかかからなかったはずです。しかしそのわずかな時間で、ステージには、サインや握手、その他もろもろを求める人の波が、押し寄せていました。
 ステージ袖から舞台裏へ逃げ出したマスターが、「遅いわよ、フラーミィ!」と走りながら文句を言いました。

「すみません、マスター」

 マスターの手を引き、手近な階段を登り屋上まで駆け上がりました。一来と稜佳の階段を登る荒い息づかいが、後ろから聞こえます。足から伝わる振動は、さらにその後ろから、追いかけてくる黒い服の集団のせいでしょう。
 外はもう夜の帳が下りていました。影の時間です。私はマスターを抱きかかえると、屋上から跳びました。同時に屋上の壁からキラッと光を放って細い糸が伸び、小さな蜘蛛がマスターの肩に飛び乗りました。

「ひゃっ」と驚いた声の後に、「しっかり掴まっているのよ!」とマスターが嬉しそうに続けました。

「ズルい! 僕たちも連れて行ってよ!」

 闇の中に飛び去る私の背中に、屋上に置き去りにした一来の叫ぶ声と、稜佳の「お姫様抱っこー!」という高い悲鳴のような声が追いかけてきます。

「あとはよろしくねえ!」マスターが楽しそうに笑いながら、ふたりに叫び返しました。
『あまり動くと落ちてしまいますよ、アイラ』
「あら。落っことしたりしたら、お仕置きだからね、フラーミィ!」

 マスターの青い瞳がきらりと光りました。

2章終わり 作品中歌詞:水色奈月様
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