第148話
文字数 961文字
その瞬間、ゴウッという風の音と共に、紅霧がおこした竜巻が冬矢を突き飛ばしました。掴んでいた奏多の腕を離し尻もちをついた冬矢は、驚いて立ち上がることを忘れてしまったかのようです。クチナシの香りの小さなつむじ風が、攻撃の名残のように砂塵を巻き上げています。
「さあ、行くよ!」
地面に座り込んでいる冬矢には構わず、紅霧が奏多を急かしました。
「待て!」
我に返った冬矢が跳ねるように立ち上がって、道を塞ぎます。
「おや。やる気かい。遊んであげたいけど時間がないんだ。それにエナンチオマーのお前さんにはそんな価値もないしね。扉がしまったらどうせ消えちまうんだから」
紅霧が言い放ち、冬矢の横を奏多を引きずって通り過ぎました。紅霧に引きずられて行きながら、奏多が振り返り冬矢に向かって叫びました。
「だから! 一緒に逃げよう? この世界は消えちゃうんだって。冬矢君はあの時僕を助けてくれた。足がすくんで歩けないボクの手を引いてくれた。自分も大変なのに……。
本当は見ていたんだ。あの日、冬矢君のお母さんが冬矢君をひどい言葉で罵っているところ……。ボクと同じだと思った。それなのに、冬矢君は困っているボクに手を差し伸べてくれた。話を聞いてくれた。優しくしてくれた。だから、だから違う世界のあなたなのかもしれないけど、今度はボクが助けたいんだ。一緒に行こう」
「母が? 俺を罵った?」
何を言っているのか? というように眉を寄せて私達の顔を見回しました。答えるものはなく、しん、と沈黙が帷をおろします。
校舎から流れてくるオーケストラ部の奏でるメロディーが二小節分、固まった人間達の間をすり抜けていきます……。
ふいに稜佳の声が沈黙を破りました。
――ねえ、もう五十センチを切ったよ。お願い! 早く帰ってきて!
「もう時間がない。奏多、こいつはあんたを助けた冬矢じゃないんだ。別人さ。こんな奴は置いて早く行こう」紅霧の声に焦りが滲みます。
「……そうか、お前らはリアルの住人なのか」
冬矢の顔にゆっくりと理解が広がっていきます。同時に黒い瞳が憎しみの火に焼かれ、中心に向かって凝縮して小さくなっていきました。ほとんど白目だけになると、唇が横に引き伸ばされます。笑った、のかもしれません。しかし唇は横に広がり続け、ついにピリリ、と唇の端が裂けていきます。
「さあ、行くよ!」
地面に座り込んでいる冬矢には構わず、紅霧が奏多を急かしました。
「待て!」
我に返った冬矢が跳ねるように立ち上がって、道を塞ぎます。
「おや。やる気かい。遊んであげたいけど時間がないんだ。それにエナンチオマーのお前さんにはそんな価値もないしね。扉がしまったらどうせ消えちまうんだから」
紅霧が言い放ち、冬矢の横を奏多を引きずって通り過ぎました。紅霧に引きずられて行きながら、奏多が振り返り冬矢に向かって叫びました。
「だから! 一緒に逃げよう? この世界は消えちゃうんだって。冬矢君はあの時僕を助けてくれた。足がすくんで歩けないボクの手を引いてくれた。自分も大変なのに……。
本当は見ていたんだ。あの日、冬矢君のお母さんが冬矢君をひどい言葉で罵っているところ……。ボクと同じだと思った。それなのに、冬矢君は困っているボクに手を差し伸べてくれた。話を聞いてくれた。優しくしてくれた。だから、だから違う世界のあなたなのかもしれないけど、今度はボクが助けたいんだ。一緒に行こう」
「母が? 俺を罵った?」
何を言っているのか? というように眉を寄せて私達の顔を見回しました。答えるものはなく、しん、と沈黙が帷をおろします。
校舎から流れてくるオーケストラ部の奏でるメロディーが二小節分、固まった人間達の間をすり抜けていきます……。
ふいに稜佳の声が沈黙を破りました。
――ねえ、もう五十センチを切ったよ。お願い! 早く帰ってきて!
「もう時間がない。奏多、こいつはあんたを助けた冬矢じゃないんだ。別人さ。こんな奴は置いて早く行こう」紅霧の声に焦りが滲みます。
「……そうか、お前らはリアルの住人なのか」
冬矢の顔にゆっくりと理解が広がっていきます。同時に黒い瞳が憎しみの火に焼かれ、中心に向かって凝縮して小さくなっていきました。ほとんど白目だけになると、唇が横に引き伸ばされます。笑った、のかもしれません。しかし唇は横に広がり続け、ついにピリリ、と唇の端が裂けていきます。