第212話

文字数 1,116文字

「この子は?」

 冬矢は奏多がしゃがみこんで涙をふいてあげていた少年に気が付いて尋ねました。

「迷子なんだ」
「もう。今日は一来と稜佳のおしおきなんだからね。わかってる? これじゃあ、遊園地に行けないじゃない。仕方ないわね。マミちゃん、お願い」

マスターの髪の毛の中から、黒い蜘蛛が瞳を玉虫色に光らせると、糸を伸ばして人混みの中へ消えていきました。

「さあ、フラーミィ、チケット売り場に並んで……。ん?」

マスターは、一来が手に持ったビニール袋から小さな包みを出して少年に持たせるのに目を止めました。

「ねえ、一来、その子に何をあげたの?」
「コロッケだよ。朝早いから、朝ごはん代わりに買ってきたんだ。うちの近所で売っていて、美味しいんだ。時々おばさんがサービスして……」

「あら! 気が利くじゃない。私にもひとつ、ちょうだい」
「ごめん、これが最後のひとつだったんだ」と、一来は手に持ったビニール袋を逆さに振って見せました。

「あっ……そう、なんだ……」マスターはつぶやいて、肩をカクっと落としました。
「アイラちゃーん! こっち、こっちぃ!」

 チケット売り場の列から稜佳が呼んでいます。稜佳の手にはしっかりと、ちびアイラ=私の手が握られています。

「ちょっと、フラーミィ、どういうつもり?」
『だって稜佳が遊園地には、チュロスとかホットドックとか美味しいものが一杯あるよっていうんだもん。幼児は入場料金かからないし、いいじゃない』

マスターは頬っぺたをふくらませた。保育園児の姿では高校生用チケットを買うことは出来ません。マスターはしぶしぶ列に並びかけましたが、「あっ、マミちゃん! わかったの?」と言うと、一来と少年の手を両方の手に掴みました。そして戻ってきたマミを頭に乗せ、しおり糸を辿って駆け出しました。稜佳や奏多、冬矢も走ってマスター達の後を追っていきます。
 マスター達の進行方向の先には、困った顔であちこち見回している少年の母が見えます。

(仕方ありませんね。今回だけですよ)

ふいに口元にのぼってきた笑みをごまかすために肩をすくめ、周囲の視線がはずれた瞬間を狙って、マスターとまったく同じ姿になると、素知らぬ顔でチケット購入の列に並びました。
 ジャスミンの香りが立ちのぼり、風にふわりと流されていきました。

(了)

「In my Fire Wall」 作詞 水色奈月様

☆扉絵、作中の歌詞、そのほか多大なるアドバイス、アイデアをくださった
水色奈月さまに、心から感謝を! ありがとうございました。

そして、最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
もしもほんの少しでも、楽しんでいただけたなら、この上ないしあわせです。

和來 花果(かずき かのか)

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み