第123話

文字数 956文字

「そ、そうなんだけど……。だけど鏡の中から消えちゃったんだよ」

「ちょっと待って」マスターが遮りました。「そもそも、奏多はどうして鏡の中にいたの?」

「実は……、奏多がキズトンってからかわれて逃げていくところを見かけて、追いかけて行ったら、思いつめた様子で公園のベンチに座り込んでいたんだ。少し話をしたら、死にたいけどそんな勇気はないって。……かける言葉も見つからなくて」

「そこにたまたま、居合わせた私が鏡の中に入る? って奏多に持ちかけたのさ。
奏多の影が悪口を言うやつをやっつければ、奏多もハッピー、私も黒い精命がためられる。お互いに万々歳だろう? だけどあの子の精命は影を保つには少なすぎる。あっという間に死んじまったら精命はいただけないからね。

だから奏多の代わりに精命を提供するかい、って一来に聞いただけさ。決めたのは一来、私は提案しただけさ」紅霧は悪びれもせず説明し終えると、クッキーを一つ口に放り込みました。

『もともと、一来に血を提供させる機会を狙って、付けまわしていたのではないですか?』と私が問うと、紅霧は肩をすくめました。

「そうだったらなんなのさ。だからってなんにも変わらないだろ?」
「僕を信用させるため? そのために手伝ってくれたの?」

「ああ、それはいい手だったね。思いつかなかった。ただ付けまわすだけっていうのもつまらないから、手伝っただけさ。一来と遊ぶのはなかなか面白かったよ」

紅霧はくすくすと笑いをもらしました。紅霧には人助けもただの面白い遊びだったのです。

「No way! これだから影なんて」マスターが呆れたように両手のひらを上に向けて、首を振りました。肩を落として口を半開きにしている一来に気がつくと、「しっかりしなさいよ!」とバシッと叩きました。「いい? 紅霧が改心したって勝手に勘違いするのはけっこうですけど、違ったからってがっかりするのは違うでしょ? 紅霧がやったこと、その事実を見るべきよ」

「そっか。そうだね。紅霧が助けてくれたってことは、動機がなんであれ、それは変わらないよな」

うんうんと一来は、自分に言い聞かせるようにうなずきました。気持に整理がつくと、いっとき忘れていた焦りが再び湧きあがってきたのでしょう。一来はティーカップを腕で押しやってテーブルに体を乗り出しました。
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