第41話

文字数 865文字

「お願い~」稜佳はめげずに何度も頭を下げています。

「イ、ヤ」マスターがきっぱりと断ります。

 えんえんと押し問答が続くにつれ、マスターの猫のような瞳が、キリキリと上がっていきます。苛立ちを募らせていくマスターを眺めているのは大変おもしろい。

 マスターの横に立っている一来が、マスターと稜佳をおろおろと交互に見やっているのも悪くありません。

 くすくすと笑いを漏らすと、スン、っと一来が空気の香りを嗅いで、私を見ました。ほのかなジャスミンの香りに気が付いたのでしょう。

私に向かって、(なんとかしてやってくれ)と、しきりに目配せを送ってくきます。

(ふむ。そういえば先日、一来に埋め合わせをする、と約束しましたね)チロリと薄い唇を舐めました。

『……まあ……、暇つぶしにはいいかもしれませんね。ではこれで借りをひとつ、お返ししますよ……』と、影の体を伸ばして、一来の耳元でささやきました。

(おっと、あまり一来と話していては、マスターに気が付かれてしまいますね……)

 マスターの足元に戻ると、影絵を作って一来に合図を送りました。
 マスターは机に肘をつき両手を組んで、その上に顎を乗せていますが、影の私は両手でハートの形を作ってみせたのです。

 一来は首を捻り、「ハー、ト……?」と、つぶやきました。
 その時、マスターの肩がピクリと反応したのを、一来は見逃しませんでした。そしてひと呼吸と半分の間、考え込むと、何か思い当たったようにカクカクと数回頷き、息を吸い込んで目を見開ました。そこまではよかったのです。

 しかし……。

「ウィ、うぃスハートさん? 稜佳の話を聞くだけでも、きっ聞いてあげたらどうかなっ?」と言うに至っては、頭を抱えるしかありませんでした。

 一来は嘘も方便という言葉を知らないのでしょうか? わざとらしいにもほどがあります……!

 嘘がつけないと言えば聞こえはいいかもしれませんかま、馬鹿正直も時と場合を選んで欲しいものです。

案の定、私が一来に加担したことに感づいたマスターが、ぐりぐりとつま先で私を踏みにじってきたではありませんか。
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