第203話

文字数 681文字

 マスターがその背中に静かに声をかけました。

「あなたもよ、冬矢のママ。生きていれば、変わりたいと願うなら、キズを光に変えられる。無傷な人なんていないんだから」

一来はその間、冬夜のママの丸い背中をさすっていました。
マスターは迷いを断ち切るように、一度目を強くつむり、再び開いたその瞳に決意を宿して鏡の中に呼びかけました。

「冬矢、自分の思う通りに生きるのよ。それはママを捨てることじゃない。ただ卒業するのよ、ママから……!」

一来の手のひらの下で、冬矢のママの背中がびくりと震え、そしてゆっくりと顔をあげました。

「冬矢、出てきて。お願い」

鏡の中の冬矢の指がそろそろと鏡のふちにかかると、冬矢のママと奏多がその手を引いきました。冬矢が鏡から出ると、精命の道が消え、影が急速に力を失って、膝から崩れ落ちました。冬矢の精命の量は多くありません。影はあっという間に消えていきます。
エナンチオマーが白の鏡に手をつっこみました。

「お前も出るんだ!」
「やめな! 桐子に手を出すんじゃないよ!」

気が付いた紅霧が叫び、影になって二枚の鏡に滑りよります。

「桐子っ! 私と入れ替わろう!」

向い合せになった二枚の鏡は白と黒の光を放ち、腰ほどの高さに浮き上がっています。二枚の鏡の間に、リアルと影、またはリアルとエナンチオマーとが入れば、入れ替わりが始まります。

エナンチオマーが入れ替わるには、すでにリアルの冬矢は黒の鏡から出て横たわっているので、あとは桐子を白の鏡から引きずりだせば、入れ替わりが完成します。

紅霧が桐子と入れ替わるには、やはり桐子が鏡から出て、紅霧が鏡の間に立てばいいのです。
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