第76話
文字数 1,057文字
「先日、苦情を言いに来ていた保護者を覚えているだろう? 見張りにつけていた影羽虫の報告では、にやにやしながらポスターの画像を加工していたそうだ。
しかし得意ではないのだろう。テーブル毎に仕切られているコーヒーチェーン店に居座り、マグカップに入ったカフェオレがすっかり冷めて、カップの内側にべったり跡がついても、スマートフォンをいじり続けていたそうだ。
影羽虫には人に干渉するような能力はない。だから加工が終わり、そのまま投稿してしまうのを止められなかったんだ」
「つまり、SNSに偽画像をアップしたのは……」
「そう。あのモンスターママなんだ。すまない。私への嫌がらせなんだ」浅葱先生が深く頭を下げました。
――ふむ。浅葱先生の影は、律儀な性格らしいですね。それなのになぜ、浅葱先生を乗っ取ろうとしているのか…? やはり浅葱先生の望みだというのは、本当のことなのでしょうかね――
などと私が考えていると、マスターのどすの利いた声が響きました。
「あ、そう。ふうん……」
マスターの目がすわっている。ゆっくりと足を一歩踏み出すと、黒いドレスが翻り、胸元の赤と黒で出来た金属製の鱗が、チャリチャリと小さな音を立てた。
「じゃあ行くわよ」
「アイラちゃん? 先生の話、聞いてた?」
「もちろん、聞いていたわよ」マスターはドアの所で立ち止まり、振り返りもせずに言う。「かぁごめ、かごめ……。白い精命マナと黒い精命マナをいっぱいに、表と裏を見合わせりゃ、籠の中の鳥と影とが入れ替わる……」
浅葱先生の影が、表情を消した顔でマスターの背中を見つめています。
「浅葱先生は鏡の中でぬくぬくしていればいいわ。でも私は殴られたら自分の手で殴り返す主義なのよ」
「さあ、行くわよ、フラーミィ。……それで? 一来と稜佳はどうするの? 怖いならやめてもいいのよ」
「もちろん一緒に行くに決まってるだろ」
「アイラちゃん! 見損なわないでよ。ライブに誘ったのは私だよ!」
一来と稜佳が同時に言いました。マスターはうつむいて、浮かんできた笑みを隠しました(もちろん私には丸見えですが)。
それから頭をあげ、肩越しに振り返りました。
「音響と照明、頼むわよ、先生。それくらいはヘタレの影でも出来るでしょ?」と言い捨てると、ライブ会場の講堂へ向かいました。
舞台用に長さとボリュームをつけ毛で増しているツインテールが、金色の炎のように揺れてなびきました。怒りに燃えるマスターは、とても美しい……。
私は素早くマスターの影となり、文字通りマスターの影となって寄り添いました。
しかし得意ではないのだろう。テーブル毎に仕切られているコーヒーチェーン店に居座り、マグカップに入ったカフェオレがすっかり冷めて、カップの内側にべったり跡がついても、スマートフォンをいじり続けていたそうだ。
影羽虫には人に干渉するような能力はない。だから加工が終わり、そのまま投稿してしまうのを止められなかったんだ」
「つまり、SNSに偽画像をアップしたのは……」
「そう。あのモンスターママなんだ。すまない。私への嫌がらせなんだ」浅葱先生が深く頭を下げました。
――ふむ。浅葱先生の影は、律儀な性格らしいですね。それなのになぜ、浅葱先生を乗っ取ろうとしているのか…? やはり浅葱先生の望みだというのは、本当のことなのでしょうかね――
などと私が考えていると、マスターのどすの利いた声が響きました。
「あ、そう。ふうん……」
マスターの目がすわっている。ゆっくりと足を一歩踏み出すと、黒いドレスが翻り、胸元の赤と黒で出来た金属製の鱗が、チャリチャリと小さな音を立てた。
「じゃあ行くわよ」
「アイラちゃん? 先生の話、聞いてた?」
「もちろん、聞いていたわよ」マスターはドアの所で立ち止まり、振り返りもせずに言う。「かぁごめ、かごめ……。白い精命マナと黒い精命マナをいっぱいに、表と裏を見合わせりゃ、籠の中の鳥と影とが入れ替わる……」
浅葱先生の影が、表情を消した顔でマスターの背中を見つめています。
「浅葱先生は鏡の中でぬくぬくしていればいいわ。でも私は殴られたら自分の手で殴り返す主義なのよ」
「さあ、行くわよ、フラーミィ。……それで? 一来と稜佳はどうするの? 怖いならやめてもいいのよ」
「もちろん一緒に行くに決まってるだろ」
「アイラちゃん! 見損なわないでよ。ライブに誘ったのは私だよ!」
一来と稜佳が同時に言いました。マスターはうつむいて、浮かんできた笑みを隠しました(もちろん私には丸見えですが)。
それから頭をあげ、肩越しに振り返りました。
「音響と照明、頼むわよ、先生。それくらいはヘタレの影でも出来るでしょ?」と言い捨てると、ライブ会場の講堂へ向かいました。
舞台用に長さとボリュームをつけ毛で増しているツインテールが、金色の炎のように揺れてなびきました。怒りに燃えるマスターは、とても美しい……。
私は素早くマスターの影となり、文字通りマスターの影となって寄り添いました。