第206話

文字数 713文字

桐子はしばらくの間、目をつむり手に握った依り代を胸に抱きしめていましたが、やがて目をあけ私を呼びました。

「フラーミィ、ちょっと耳を貸しておくれ」
『はい、桐子』口元に耳を寄せると、桐子がささやきました。

「アイラをよろしく頼むね」
『……コキュートスダークナイト、我が真名にかけてお約束いたします』

マスターに聞かれないように、桐子の耳の中にささやき返します。桐子はふふっと笑い、簡単に名を明かすもんじゃないよ、と私を軽くいさめました。

「お前を名で縛ることはしないよ。その誓いは、自分の心と交わしておくれ。だけどね、お前がアイラを大切に思う限り、私の依り代がお前を守るだろう」と言うと、手に握りこんでいた依り代をそっと私に手渡しました。

『これは……なんですか?』

「それはね、アイラの胎毛だよ。生まれて初めて切り取った髪の毛さ。胎毛は先っぽが閉じているんだ。切った方の端も同じ髪の毛で縛ってあるから、生まれた時の精命がこぼれずに詰まっているだろう? お前の欠けた体もこれで補完できるはずだ」

『欠けた……。知っていたのですか? 桐子』

「紅がね、心配していたんだ。お前も欠けたことを隠していたんだろうが、同じ影の紅にはバレていたってことだね」

『ありがとう、ございます』

――紅い瞳の美しい(ひと)。あなたにはかないません……

紅霧のからかうような笑みを思い出し、ふっと唇に笑みが浮かびました。手にしていた金色の柔らかな髪を胸に押し当てると、髪が体に吸い込まれました。精命が体中を満たしていきます。欠けた腕は補われ、体中に力が満ち溢れてきます。

疲れたのか桐子はうなずくと、目をつむりました。依り代を収めた胸が熱いのは……きっと満ちた精命のせいでしょう。
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