第128話

文字数 634文字

マスターは一来に明るい表情が戻ってきたことを見て取ると、世話が焼けるんだから、というように笑って首をすくめました。それから緩んだ目元を引き締めると、私に向かって言いました。

「黒炎、いいわね。私達をリアルの世界に必ず連れて帰ること!」

『承知いたしました、マスター」私は胸に手をあてて、お辞儀しました。「では、まず私が先に入って様子を見てきます。皆様は今しばらく、こちらでお待ちください』

紅霧の鏡にするりと滑り込むと、ゼリー液の中に飛び込んだような、気持ちの悪い感触が肌を撫でます。飛び降りるより、はるかに緩やかに、ゆるゆると落下していきます。数分ののち、鏡の中の床に着地しました。見上げるとマスター達が鏡を覗き込んでいるのが見えました。

周りを見回すと、机の上に写真立てが飾ってあります。写真には笑っている奏多がいるところをみると、ここは間違いなく奏多の部屋なのでしょう。

ライトブラウンの勉強机、部屋の真ん中に敷かれている楕円形のシャギーラグは落ち着いたローズカラー。女の子の部屋という感じです。机と同じ色のベッドの下は、引き出しになっています。部屋は五畳ほどの大きさで広くはないため、机とベッドだけでもう一杯です。他には作り付けのクローゼットがあります。

「窓は二つ。ドアは一つ」ハスキーな声に振り返りました。
『ああ、紅霧、あなたも来たのですね』 

「まあね。開いているのは、このドアだね。つまりこれがキラルの扉か」と言って、ドアに手をかけました。「んっ。動かないね……」
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