第97話

文字数 947文字

「ねえ、おばあちゃん。私が小さい頃のこと、覚えている?」
「もちろんさ。鏡は映したモノを記憶する。ましてそれが可愛い私の孫ならなおさら、忘れることはないよ」桐子は自分を鏡になぞらえて、おどけて答えました。

「そう……。あのね、黒炎がまだいなかった頃、だれか……いなかった? 白い襟の黒っぽいワンピースの……」

「ああ、それは紅だね」桐子は目を細め、急に五歳ほど若返ったように話し出した。「紅を覚えているのかい? 黒炎が来る前の、ほんの一時のことだったのに」

「忘れていたの。だけど……、ええっと。似たようなワンピースを着ている人を見てね、思いだしたのよ。そう……、あのお姉さんは紅霧だったの……」

「アイラはお姉さん、って呼んでいたっけね。私は鏡から出られないから、紅にアイラの遊び相手をするように頼んでいたんだよ。紅も嫌がるフリをしていたけど、アイラと遊ぶのを楽しんでいたみたいだね。だけどそれにしたってアイラには寂しい思いをさせただろうね」

「平気。おばあちゃんがいてくれたし……。パパはパイロットだから、いつも空の上なのは仕方ないと分かってた。お母さんも慣れない日本に来たばかりで、余裕がなかったしね」マスターは思い出の中に飛び込んでいくように、目をつむりました。

「制服姿のパパ、かっこよかったな。翼のデザインの金色タイピン、袖の金色の刺繍。黒いレザーのアタッシュケースを持って、日本に戻ってきたばかりのパパが幼稚園に迎えに来たりすると、いじめっ子達も口をポカンと開けて見惚れてた」

「そうかい……?」

「うん。日本語はよく分からないし、金髪に青い目のあからさまな外国人の容姿のせいもあって、友達も出来なかったけど……、お姉さんのおかげで寂しくはなかった……な」

現在の紅霧を思い出したのでしょう。勢いよく話していたアイラの声が急に小さくなりました。それを桐子は当時の子供同士の諍いをマスターが思い出したと誤解して、気遣うように言いました。

「この辺は保守的な地域だから、当時はまだ外国人って珍しかったんだよ。いまなら違ったかもしれないけれど。悪かったねぇ……」
「おばあちゃんのせいじゃない。誰のせいかって言ったら……」

 マスターは誰かを批判する言葉を飲み込み、そのかわりにふと思いだしたことを口にしました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み