第136話

文字数 699文字

「あんたこそ、離しなさいよ! 黒炎!」

私はマスターが叫びよりも早く動き出していたのですが、突然襲ってきた違和感に気が逸れました。そのため一瞬、気が逸れました。その隙を逃さず、サカイくんのお母さんは掴んでいた、一来の腕に噛みつきました。

 裂けた口から歯をむき出しにし、黒目が米粒程の大きさに縮んで上転し瞼に半分埋もれ、白目を剥きました。まるで狂犬のように歯を肌に突き立て頭を振り、肉の感触に余計に興奮したのか、唸り声をあげながらさらに激しく頭を振って、一来を体ごと振り回しました。一来は声を出したら負けだとでも思っているのか、うめき声も出さずに耐えています。

「一来!」

 マスターが回し蹴りを放ちました。サカイくんのお母さんは、すばやく体を反らせて避けましたが、気を取られているところを、膝を狙って思い切り蹴りました。

 ゴキッと骨が折れる耳障りな音が響き、その衝撃でうっとうめくと、一来の腕を吐き出しました。地面に膝をつきます。膝が横に曲がり、見たことのない形に変形しましたが、そのままの足でぐらりと体を揺らして立ち上がり、口から涎を垂れ流して、一来に両手を伸ばしてきます。折れ曲がって短くなった足の方に体が傾き、倒れそうなのにもかかわらず、まったく痛がりもせず攻撃に転じてきのは驚きです。

『あぶない!』叫ぶと同時に一来を突き飛ばします。私にかなわないと悟ったのでしょう。エナンチオマーが一来をつかもうと伸ばした手が宙を切り、バランスをくずしてよろけました。

「ちっ!」

 サカイくんのお母さんは、折れた足を引きずって走り出しました。

『逃げますよ!』

 発破をかけると、後方に倒れていた一来が跳ね起きました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み