第146話

文字数 743文字

「僕が思い当たった子だとするとね。その子は部活動はやっていないけど、いつも自習室で勉強してから帰るんだ。とても活発だから、あの子ならそういうことしてもおかしくないかなあ」
 
「活発……?」奏多は一旦首を振った。ちがう、の「ち」の口になったが、言葉は声にはなりませんでした。

「もしかすると、その人かもしれないな」

 息を吸いなおして奏多の口から出てきたのは、肯定の言葉でした。エナンチオマーという言葉は知らなくても、鏡の中では性格や関係が変わっているのは、プールで目にしていたからでしょう。

「エナンチオマー(鏡像異性体)……。鏡の冬矢がリアルと性格が違ったとしても不思議はないわね」マスターが小さな声で言うと、一来と紅霧が目で同意しました。

「じゃあ、自習室に行けばその人に会えますか?」

「どうかな。もうすぐ帰る時間だからもうこっちに来るかもしれないよ。ほら。噂をすれば。あの子かな?」

 浅葱先生が校舎から出て来る人物を指さしました。黒い鞄を肩から斜めにかけ、跳ねるように歩く姿は快活そのものです。

「えっ、あの人?!」一来が小声で奏多に確認しました。
「うん。でも別の人みたいに見えるな」

「一来、知っているの? 誰なの、あれ」
『アイラ、あれ、というのは失礼ですよ』

「あの人は三年の佐々冬矢先輩だよ」一来が小声で皆に教える。やはり一来は役に立つ。
「佐々? 変わった苗字だけど、どこかで聞いたような?」マスターが首を傾げる。

 ーーアイラちゃん! 佐々って、モンスターママと同じ苗字じゃない。

「ってことは、つまり」
『ええ。あの方の息子さんということでしょうね』

 ささやき交わす私達には構わず「おーい、佐々くーん!」と、浅葱先生が手を振って冬矢を呼び止めた。

「この子達が君に用があるそうだよ」
「はーい!」
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