第33話

文字数 537文字

 ふーっと識里の影は深く息を吐きました。グラリと体がかしぎます。一来が手を伸ばして識里の影の体を支えました。その体は黒く透けてきていました。ただの影に戻りつつあるのです。

「さあ、もう気が済んだでしょ。欲しいと思うのと盗むのとでは全然違う、そう思ったんでしょ。だったらさっさと戻ってきて、元通りに入れ替わりなさいよ」

 マスターが意識を失っている本体に向かってせかしました。しかし本体は何も反応せず、代わりに識里の影が口元に笑みを浮かべて首を振りました。

「無理。稜佳は戻りたくないみたい……本体が現実に戻りたいと……のぞまなければ、ダメなの。だから、無理……」
「え、そんな……こと……だって」

 マスターは識里に目を向けました。識里稜佳の全身から精命がキラキラと光の粒になって、どんどん抜けていきます。

(とても美味しそうですね)

 私にとっては、マスター以外の人間など、どうでもよいのです。

(ですが、識里の精命を吸い込んだら、マスターに張り飛ばされそうですね……。残念ですが、やめておきましょう。ああ、それにしてももったいない……)私は舌なめずりしそうになるのをこらえました。

『おや……、消えようとしていますね……』

 識里稜佳の体から放出されていく精命の量が、急速に減っていきます。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み