第63話
文字数 1,060文字
とはいえ、マスターも一来をだまし討ちするような形でドラムをやらせていることを思い出したようです。
「仕方ないわね。一緒に行けばいいんでしょ……!」マスターはわざわざ一来に近寄ると、「さ、行くわよ」と言うと、勢いよく踵をかえしました。マスターのツインテールが風を切り、一来の額をぴしゃりと打ちました。
「痛っ」
いつもなら頬にヒットするところですが、一来が暗闇におびえて腰が引けていたせいで、頭の位置が低かったのでしょう。
『大丈夫ですか? さあ、急ぎましょう』
私にしがみ付いている一来の腕を軽く叩いて先へ促しました。新校舎に近づくにつれ、いよいよ言い争う声がはっきりと聞こえるようになってきました。ヒートアップする甲高い声に対して、返答は小さく何を言っているのかわかりません。
廊下を進んでいくと、暗闇の中に二つの人影が浮かび上がっていました。
「どうして出来ないんですか! あの素行の悪い生徒を退学に出来ないなら、クラスを変えてくださいよ!」
「そ、そんな、あの子は素行が悪い訳じゃ……」
「クラスが変えられないっていうなら! あの子のせいで勉強に集中出来ないから、うちの子の試験の点数が悪かったんです。指定校推薦までもう少しなんだから、あと三つ、成績を上げてください!」
「……」
浅葱先生は何か言おうと口を開けましたが、眉間に皺をよせ、胃のあたりを手で抑えたまま黙り込みました。
「ちょっと、聞いているんですかっ?!」
朗々とした声の響きに押され、浅葱先生は一歩、二歩と後ろに下がりました。手で抑えた胃を起点にして、体を前屈みに折れまがりました。浅葱先生の上から、ゴミ箱の中身をぶちまけるように、モンスターママは文句のあられを降らせています。
(おや?)
その時、背後から吹き込んできた風に、かすかなクチナシの香りを感じました。
――この香りは、紅霧……!――
香りが漂ってきた方向にゆっくりと振り返り、マスターと背中合わせになるように体を反転させて立ちました。モンスターママに気をとられている人間三人は、香りに気がついていないようです。浅葱先生とモンスターママのやり取りに、マスターの苛立ちと怒りが増幅していきます。マスターの精命が沸騰して立ちのぼり、闇の中でプラズマのように体を取り巻きました。
マスターの精命がシャワーの飛沫のように私に降り注ぐと、全身に力がみなぎり金色の瞳が光を帯びているのを感じました。
私は人差し指を唇にあて思案しつつ、ゆっくりと香りの主、紅霧に歩み寄りました。
『さて。どうしたものでしょうね……?』
「仕方ないわね。一緒に行けばいいんでしょ……!」マスターはわざわざ一来に近寄ると、「さ、行くわよ」と言うと、勢いよく踵をかえしました。マスターのツインテールが風を切り、一来の額をぴしゃりと打ちました。
「痛っ」
いつもなら頬にヒットするところですが、一来が暗闇におびえて腰が引けていたせいで、頭の位置が低かったのでしょう。
『大丈夫ですか? さあ、急ぎましょう』
私にしがみ付いている一来の腕を軽く叩いて先へ促しました。新校舎に近づくにつれ、いよいよ言い争う声がはっきりと聞こえるようになってきました。ヒートアップする甲高い声に対して、返答は小さく何を言っているのかわかりません。
廊下を進んでいくと、暗闇の中に二つの人影が浮かび上がっていました。
「どうして出来ないんですか! あの素行の悪い生徒を退学に出来ないなら、クラスを変えてくださいよ!」
「そ、そんな、あの子は素行が悪い訳じゃ……」
「クラスが変えられないっていうなら! あの子のせいで勉強に集中出来ないから、うちの子の試験の点数が悪かったんです。指定校推薦までもう少しなんだから、あと三つ、成績を上げてください!」
「……」
浅葱先生は何か言おうと口を開けましたが、眉間に皺をよせ、胃のあたりを手で抑えたまま黙り込みました。
「ちょっと、聞いているんですかっ?!」
朗々とした声の響きに押され、浅葱先生は一歩、二歩と後ろに下がりました。手で抑えた胃を起点にして、体を前屈みに折れまがりました。浅葱先生の上から、ゴミ箱の中身をぶちまけるように、モンスターママは文句のあられを降らせています。
(おや?)
その時、背後から吹き込んできた風に、かすかなクチナシの香りを感じました。
――この香りは、紅霧……!――
香りが漂ってきた方向にゆっくりと振り返り、マスターと背中合わせになるように体を反転させて立ちました。モンスターママに気をとられている人間三人は、香りに気がついていないようです。浅葱先生とモンスターママのやり取りに、マスターの苛立ちと怒りが増幅していきます。マスターの精命が沸騰して立ちのぼり、闇の中でプラズマのように体を取り巻きました。
マスターの精命がシャワーの飛沫のように私に降り注ぐと、全身に力がみなぎり金色の瞳が光を帯びているのを感じました。
私は人差し指を唇にあて思案しつつ、ゆっくりと香りの主、紅霧に歩み寄りました。
『さて。どうしたものでしょうね……?』