第119話

文字数 967文字

「おい、まずいよ。面倒なことになったらどうするんだよ」

グループの中の一人が、腕を引っ張りました。

「行こうぜ」

走り去ろうとした少年の足を、影の姿のまま腕を伸ばしすばやく掴んで転ばせました。地面に転がった少年のリュックを、マスターがすかさず足で踏みつけました。バスン、という音がし、土臭い埃が舞い上がります。

「何するんだよ!」

リュックを引っ張りながら、少年はマスターを見上げ……「ひっ」と息を飲みました。

 私が少年の瞳を間近で覗き込んだからです。瞳を捕らえたまま、少年の顔の前で大きく口を開けます。黒い影で少年の視界を薄闇に染める私は、真っ黒に透ける大蛇が自分を飲み込もうとしているように見えたことでしょう。

「ご、ごめんなさ……」

 リュックを踏みつけているのと反対側の足で、少年の顎に回し蹴りをくらわそうとマスターの足がひゅうっと風を切りました。

『おっとっと。これはまずいですね』

 少年の首を押さえつけ地面に押し倒し、同時に彼の目を影の手で覆いました。昼日中の漆黒の闇が彼を包みます。目を開けているのに、闇の中に突然飲み込まれるのは、ほんのひとときといえども恐怖を覚えるのには充分だったようです。少年の頭上を、マスターの足が風切り音をさせて通りすぎ、そのからぶりした足が、少年の耳の横にドンっと打ち下ろされました。少年は金切声をあげ、土に唾を飛び散らせました。

 私が手をどけると、呆然と目をしばたきました。胸を上下させて、荒い呼吸を繰り返しますが、うまく息が吐けないようで、苦しそうに喘いでいます。

「いい? 今度そのあだ名で呼んだら……」

マスターが上から見下ろして、デスボイスを響かせます。

「い、言わない! 言わない、です!」涙をにじませ、首を左右に激しく振ります。

「それだけ? 奏多に何か言うことあるんじゃないの?」
「す、すみませんでした!」
「どうする?」

 マスターが奏多を振り返りました。

「二度と呼ばないなら、いい」
「よかったわね」

 マスターが一歩下がると、少年はカバンを引っ掴み、側に立っていた友達に声をかけることもせず、逃げ出しました。

「ま、待てって……」仲間たちも少年を追いかけて逃げていきました。

「邪魔者は消えたわね」マスターは少年達の背中を睨みつけたまま、「ちょっとそこの影、話があるんだけど」と、少女の影に声をかけました。
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