第134話

文字数 851文字

「でもどこを探せばいいの?」

 マスターが家の前を左右に伸びる道路を指さして、どちらに進む? というように右、左、と動かしました。

「奏多は学校に行ったんだと思う。確かめたいんじゃないかな。鏡の中では自分がどう過ごしているのか」と奏多の影が学校のある方角、左を指さしました。

ーーうわあ。ま……、またあの坂を登るの?

 影の声が聞こえたのでしょう。一来の胸ポケットから稜佳の声が聞こえてきました。

「稜佳、あなた留守番でよかったわねえ」からかうようにマスターが答えます。

ーーもー! アイラちゃん……、私だって必要ならあのくらいの坂……なんでもないんだからね!……

残念ながら荒い息で途切れ途切れに抗議をしても説得力はありません。通話に荒い息づかいが聞こえないように気を付けてはいるようですが、息が切れているのは明白。どうやら机や椅子を積み上げ始めたが、早くも疲れてしまったようでした。

「はいはいっと。疲れたら休みなさいよー」

 マスターはからかうように言って、笑いました。

ーーそういえば、奏多ちゃんの影は大丈夫? ぐったりしていたけど、坂なんか登れるの?

 どうやら分が悪いとさとった稜佳が、話の矛先を変えました。

「平気。鏡の中にいる方がむしろ調子いい」

 影のメゾソプラノの声ははっきりとしています。強がっている訳ではなさそうです。

『鏡と影はどちらも映し身ですから、性質が似ているのでしょうね。例えば、陸にあげた魚を水に解き放ったようなものです』

そういう私自身も、先ほどから体が浮き上がりそうなほど軽いです。空には奏多の部屋の窓から見た、乳白色のとろりとした空間が広がっているので、飛びあがりたいとは思いませんが。反対に足元のアスファルトは硬く灰色で、リアル世界と変わらない感触です。アスファルトは左右を変えてもほとんど変わらないからでしょう。

 はっきり反転しているのは、道の両側に立ち並ぶ家の表札です。鏡文字になっています。この道をよく知っていたら、家の配置も左右が逆だということに違和感を覚えるのかもしれませんが。
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