第92話

文字数 513文字

 低く響くその声を聞く限りでは、どうやらマスターは違う意見をお持ちのようです。腰に手を当てたまま、一来に詰め寄っていきます。

 一方の一来は、両手をあげ降参のポーズをしながら後ずさります。砂ぼこりが舞い上がり、あっという間に一来の革靴が白く汚れてしまいました。

『マスター、落ち着いてください。一来の話を聞きましょう』

 マスターが一来を殴りかねない(それはそれでおもしろいですが)ので、私はすばやく、一来とマスターの間に影のままの体を滑り込ませました。

 二人に挟まれたわずかな空間で、無理やり人型になると、私の人型の体の右側と左側に、それぞれ二人の体がぶつかりました。広々とした公園だというのに、さながら満員電車の中のようです。

「うわっ。フラーミィ、近いよ!」

一来が驚いて体を引く間際、一来の首筋の香りをチェックしました。

(いつもと変わりありませんね……。ふむ。ということは、どうやらまだ紅霧に血を取られていないようですね……)

 先日のライブのポスターで、一来の血に含まれるマナが特別だということが紅霧にばれてしまっています。一来の精命を狙われたのだと思ったのですが、血の匂いがしないということは、紅霧の狙いは別のところに……? 
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