第161話
文字数 667文字
「伊勢物語」の世界から気持ちを引き剥がし、やむなく教室を出ました。マスターがチラリと視線をよこしましたが、またすぐに机上の教科書へと視線を戻します。私が離れることにマスターが無関心を装 っている意味は「何をするつもりなのかは知らないけれど、好きにしていい」ということです。
私はするりと窓の隙間から外へ出ました。天気は晴れ、風が木々の葉の間を抜けていきます。
指を鳴らしてマミを呼び寄せ、命令します。マミは丸い瞳の色を変えて、承知の意を示すと、するすると壁を歩き窓の隙間から教室に戻って行きました。
影の私にとっては、塩山中学校に向かう急な坂道もどうということはありません。むしろ気になるのは、空気の色がオレンジがかりもう夏は終わりだと告げているのに、まだ色濃く私の姿が地面に映っていることです。影だけが移動していく違和感に気が付く者がいないとは限らないので、人目を引かないように、なるべく物陰の中を進んでいきます。そして校門の側の樹木の影に身を潜めて待っていると、計算通りほどなく奏多が歩いてきました。
『奏多』
呼びかけると、奏多が立ち止まりました。声の主を探すようにあたりを見回します。奏多の体に昇り、耳元で『影のままでは話しにくいですから、場所を変えましょう』と話しかけました。
「あっ……、フラーミィ、さん」
『聞きたいことがあるのです』
「ボクも、話さないと、って」
奏多の目を雫が覆います。
――おや、泣くのでしょうか?
観察していると、奏多の目に浮かび上がった涙は目の奥に吸収され、白目に赤い血管を浮かび上がらせるだけで消えました。
私はするりと窓の隙間から外へ出ました。天気は晴れ、風が木々の葉の間を抜けていきます。
指を鳴らしてマミを呼び寄せ、命令します。マミは丸い瞳の色を変えて、承知の意を示すと、するすると壁を歩き窓の隙間から教室に戻って行きました。
影の私にとっては、塩山中学校に向かう急な坂道もどうということはありません。むしろ気になるのは、空気の色がオレンジがかりもう夏は終わりだと告げているのに、まだ色濃く私の姿が地面に映っていることです。影だけが移動していく違和感に気が付く者がいないとは限らないので、人目を引かないように、なるべく物陰の中を進んでいきます。そして校門の側の樹木の影に身を潜めて待っていると、計算通りほどなく奏多が歩いてきました。
『奏多』
呼びかけると、奏多が立ち止まりました。声の主を探すようにあたりを見回します。奏多の体に昇り、耳元で『影のままでは話しにくいですから、場所を変えましょう』と話しかけました。
「あっ……、フラーミィ、さん」
『聞きたいことがあるのです』
「ボクも、話さないと、って」
奏多の目を雫が覆います。
――おや、泣くのでしょうか?
観察していると、奏多の目に浮かび上がった涙は目の奥に吸収され、白目に赤い血管を浮かび上がらせるだけで消えました。