第90話

文字数 714文字

 視線の先には、池の橋の欄干に一緒に身を乗り出している一来と紅霧の姿があったのです。二人の手の先には小学校低学年位の男の子のお尻があります。どうやら公園の池に落ちそうになったところを助けたようです。

 男の子が橋の内側に引っ張り上げられ、何か話していましたが、やがて男の子は元気よく駆けていきました。しかしよく見ると、片方の靴を履いていません。

 紅霧が手を下から上にさっと振り上げると、池にさざ波が立ち、池の水に沈みかけていた小さな靴が、岸に流れ着きました。橋から回り込んだ男の子が拾い上げ、嬉しそうに靴を持ち上げて受け取ったと合図すると、濡れた靴を履いて走り去って行きました。

「あっ、待って……! アイラちゃん!」

稜佳が呼び止める声も聞こえない様子で、マスターが飛び出しました。ツインテールがなびいて、空中でうねっています。

「紅霧! 何をコソコソやっているのよ!」

 紅霧を捕まえようと伸ばしたマスターの腕は、わずかに紅霧には届きませんでした。紅霧は一瞬で影の姿に戻って、マスターの手をするりとかわすと、近くの木に登って逃げました。
ふたたび人型になって、木に腰かけた紅霧の銀色の髪が木漏れ日に輝いています。黒に近い紺色のワンピースには喉元まで詰まった白い襟が付いていて、ギャザーのたくさんついたスカートが風をはらみ、ふわりと膨らみました。

紅霧の上には、重なり合う濃い緑の葉が日陰を作っています。カッカと熱くなっているマスターとは対照的に、やけに涼しげです。紅霧はスカートからのぞいている、白いストッキングを履いた足を組むと、紅い瞳を見開いて三人を見下ろしました。楽し気に笑みを浮かべた顔は、まるで愉快な大道芸でも見ているようです。
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